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「……もう、俺には、何もない……」
手から離すことも出来ずにコートのポケットの中でいつまでも握り締めたままだったナイフを取り出すと、二人分の血にまみれどす赤く染まった刃先を多々良はじっと見つめた。
「俺は、仕事も友人も恋さえも、全てを失くしてしまった……」
独りきり呟く──。今の今まで憎悪にのみ衝き動かされていた多々良には、もう生きていくような気力さえも残されてはいなかった。
ならば───と、
自分を絞め殺すために使われ捨て置かれていた縄を拾い上げると、多々良は穴の上に伸びた木の枝に括り付けた。
「ならば、俺も、死んでしまえばいい……。元から俺は、ここで死んでいたはずだったんだ。俺さえ初めから死んでいれば、こんな結末にもなりはしなかった……」
結んだ縄を首に掛け、穴の淵から両脚を離すと、身体がぶらりと垂れ下がった。
「……すまない」
多々良は、最期に誰に伝えるともなく贖罪の一言を言い残すと、朦朧としていく意識の中で目尻に薄っすらと涙を滲ませた……。
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