浜千鳥

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 ──還りたい。  こうして海を漂っていると、いつも思う。少し泳げば船着場があり、上がって歩きさえすれば家族が寝ている家がある、にも関わらず。  きっと私は彼らの子供などではなく、どこかの海辺で拾われてきた、何か別の、海の生き物なのだろう。だって私は陸で暮らしているときよりも、ここでこうして月の光を浴びているときの方が好きなのだ。  地上での息苦しさから解放されて、ありのままの姿になれる。誰の目をも気にすることなく、ただ気ままに泳いでいられる。どこまででも、行けるような気がする。  海に入ると、私の身体は虹色の鱗に覆われるのだ。手足には長い鉤爪が伸び、指の股には水掻きができる。天女の羽衣のようなひれに包まれ、あばらの下が分かれてえらに。  冷たい海水に満たされ、自然と一体になるこの爽快感は、味わってみないと分からない。普段は人間として不自由なく暮らしているが、時折海が恋しくなってしまう。  でもここは、同時にとても孤独だった。  家族も友人もいない。誰も私の今の姿を受け入れることはできないだろう。同じような生物が、この瀬戸内にいるわけもなし。思いきって大海原にくりだせば、どこかにいるかもしれないが、私にそんな度胸はない。  だから思う。  ──還りたい。  と。  世界とひとつになってしまえば、もう寂しくはないだろう。『私』というちっぽけな存在も、陸も海も何もなくなる。でも本当にそうなったら、母の手料理は食べられないのだろうな。 「あ……」  だらだらと益体のないことを考えていたら、ふいに黒かった海が青みを帯びはじめているのに気がついた。見上げると、水面に光が射しこんでいる。  ──夜明けだ。  私はひれをふわりと広げ、身体をくねらせ水を蹴った。一気に浮上し顔を出すと、太陽が輝きながら夜の名残を押しのけていくところだった。 「きれい……」  私はほうっと息をつく。夜闇とともに、私の孤独も吹き飛ばされていくようだ。  ──そう。  私は分かっているのだ。  ここにいる私は、本当の私。でもだからといって、陸の私がにせものなどということはない。心から私は海を愛しているが、同じように陸も人も愛している。私にはふたつの顔があるが、それは私が特別だからではなく生きているからだ。  人には二面性がある。築かれていく繋がりの中で、作られたり表出したりする面と、秘められ守られていく面が。  みんながすべてをさらけ出しては、円滑な人間関係は生まれない。個々は別の生き物だから。だけど人はひとりでは生きていけない。  それと、一緒なのだ。  ここで孤独を味わう自分を捨てては、私は私でなくなる。陸の生活を失えば、私は生きていけなくなく。だから私は、どちらの自分をも愛する。  ──ひとりの時間はもう終わりだ。  町が起きだしてくる前に、私は家に帰らなくては。  疲れも渇きも癒されて、気分は最高潮だった。これなら今日のテストは、満点だって取れるかもしれない。  ──さあ、出かけよう。  「おはよう」と笑いあう、そんな毎日が待っている。    完
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