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キミよ、幸せにー後編ー
彼女を欲しいと思ってからは、積極的に動いた。
同じトランペットパートなのも功を奏して、話す機会はいくらでも作れたし。
ただ、自主練と称してふたりっきりを狙う作戦は、失敗続きだった。
彼女のSPなのかと思うような、厄介な味方「その一」の小鬼な友人が、必ずくっついてきていたから。
オレが彼女に近づこうとするたびに、すべてを見透かしたようにニィっと笑う小鬼、鬼龍院は、あのころからどうも苦手だ。
それでも、高校の合格発表や卒業式の浮かれたドサクサに紛れて、彼女の負担にならない程度にと戦略を練った告白は、計算どおり。
彼女がうなずいてくれたときには嬉しくて、嬉しくて。
その日は目がさえてしまって、貫徹したくらいだ。
バラ色の高校生活なんてものを想像して、ちょっとHなことも妄想して。
けれど、策を弄してやっと手に入れたというのに。
熾烈さを内面に秘めた彼女を気に入ったとはいえ、こんなに一筋縄ではいかないのかと、当惑したのも事実。
「カワイイカノジョつかまえたよなぁ~。イッチー、うまくやったじゃん」
と言われて喜んでたのも、最初だけ。
好ましくは思われているんだろうけど、それってオレと同じレベルなのかと、いつも不安で。
こっちばかりが好きなんじゃないか、こんなの結局、片思いじゃねぇのとやきもきすることが多かった。
私生活が謎に満ちているのにも閉口した。
まず、門限がやたらに早い。
デートに誘えば、夕方には、必ず厄介な味方「その二」がオニ電をかけてくる。
家族の話を振れば、いつもはぐらかされるし、しつこく聞き出そうとすると、硬い表情になって口を閉ざしてしまった。
そのガードを突き崩そうとしたことは、何回もあるけれど。
必ず厄介な味方「その一」の小鬼な友人か、学校行事にまで出張ってくる、厄介な味方「その二」の兄に阻まれた。
厄介な「その二」は、本当に厄災のような存在で。
『いちいち過干渉すぎるんじゃねぇの?少しは兄離れしろよ、小学生じゃあるまいし』
こんなメッセージを送ったこともあるけれど。
『そうかもしれないね』
そっけない言葉が返されただけだった。
その後、水族館デートの帰りに雪下兄に遭遇したことがあったけれど。
地獄の使者のような顔をしてオレを見下ろしていたから、あのメッセージはバレていたに違いない。
思い出しただけでも、いまだに背筋がブルっとくる。
あの高身長から放たれるブリザード級の視線。
それだけで人が殺せんじゃねぇのと思えるような、凶悪なオーラ。
風のウワサで弁護士になったって聞いたけど、訴訟相手はご愁傷様だな。
つきあってる間、結局いつだって、彼女が頼るのはオレじゃなかった。
オレの何が不満なのか、それさえも言ってくれることもなく。
打ち明けてほしかった。
力になりたかった。
オレだけの、カノジョでいてほしかった。
彼女の周りにいる連中を排除したくて、もう一度取り戻したくてやったことは、子供っぽいイキり全開の行為だったと、反省もしている。
今ならもっと上手くやれると思う時点で、どっちみち彼女は、オレのものにはならないんだろう。
「それすら自分のためなんじゃない?」と言われたときには、心から後悔した。
就活で彼女の父親に会ったのは事実だけれど、利用しようと考えていたわけじゃない。
ただ、彼女の抱えているものを、少しでも知ることができたならと。
そうしたら、もう一度こっちを見てくれるのではないかと、淡い期待を持っただけだ。
けれど、オレがかつてやらかしてしまったことを、馬鹿正直に「マテ」をしていた駄犬を傷つけたことを、最後まで彼女は許してくれなかった。
結局、元カノが選んだのは駄犬であり狂犬であり、忠犬なアイツ。
ブラコンもショタコンも疑ったけれど、歩き去っていくふたりをみれば、そのどちらでもなかったのだろう。
「間違っていたのは、オレなんだな」
どこかで、恋人の心を読み間違えた。
どこかで「オレこそが彼女を救ってやれる」と奢っていて、それが青臭い正義感だったというのは、言い訳にすぎない。
おそろいの指輪をはめた手を握り合うふたりが、遠くなっていく。
追いかけていって「オメデトウ」とでも言ってやろうか。
そんなヤサグレた気持ちにもなったが、神出鬼没な「その一」と「その二」が出てきそうで、それもウザイ。
あのふたりは、タクシー乗り場へと向かうようだ。
もう終電のない路線沿線で暮らしているらしい。
自分が使う路線駅へと歩き出しながら、自然と笑いが込み上げてくる。
「ははっ。……バッカみてぇ」
皮肉を込めた祝福を贈ったとしても、あの駄犬ならば「どーもアリガトな」くらい言うな。
「根性だけは、ありそうなヤツだったし」
違う出会い方をしていれば、いい仲間になれたかもしれない。
アイツのトランペットは、冴えた音を出していた。
伸びやかで、自分の思いをまっすぐに乗せた揺るぎない音。
そして、その音を引き立てているのに、主張を忘れない彼女の音。
OB訪問で聞いたふたりの演奏に、焦げつくような嫉妬を覚えた。
(あのふたりは、あれからずっと、物語を綴り続けていたのか。オレだけがいつまでも……)
過去に立ち止まったままでいたのか。
「幸せになれよ、ドチクショウ」
とっくに未来を歩み始めていたふたりに決別の言葉をつぶやいて、オレはまっすぐに前を向いて、歩く速度を速めていった。
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