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オオカミは「待て」ができない
「お引越しドッキリ」は大成功したようだけれど、今ドキドキしているのは私のほうだ。
カフェ巡りのお誘いをしただけだったのに。
気がついたときには、ローチェアに押し倒されていた。
押しつぶさないように堪えているけど、抱きしめている羊介くんの腕の拘束はきつい。
「諦めて、萌黄さん」
吐息がかかった耳が、その熱で溶けてしまいそう。
そんな泣きそうな顔をしないで。
もうどうしようもないんだと、切羽詰まったような羊介くんが愛しくて。
その首に腕を回して頭を引き寄せた。
「ヤじゃ、ないの。けど、けど……」
「けど?」
耳元で囁かれると、背筋が震えてしまう。
か、嚙まないでっ!
「や、ん、だって、こんなのって、だって」
コンランするなってほうが無理でしょう?
「待って、ちょっと、待ってっ」
「待たない。……待てないっ……」
直接、肌に触れてくる羊介くんの手が、唇が熱くて、だんだん体に力が入らなくなっていく。
でも。
カケラだけ残っていた「年上の良識」で、のしかかってくる羊介くんの肩を叩いた。
「だって、ないの、持ってないものっ。……やっ……」
「……なにを?」
首筋に強めに噛みついたあとで、ぺろりと舐めてくる元羊、現狼が、不満そうな目を上げる。
「ここまできて、おあずけされんの?」
「だって、ほら、その」
「ん?」
こめかみに鼻先を埋めた狼の声が、体の芯に響いてゾクリとした。
「だから、だって、羊介くん、まだ大学生、んくっ!」
もう、窒息させられるかと思うようなキスだった。
いつもの気遣いなどまったくない、ただただ、その劣情をぶつけて、奪い去っていくような口づけ。
痛みを感じるほど舌を吸い上げてから、ギラギラした目でのぞき込んでくる羊介くんは、本当に狼みたいだ。
「学生だから、なに。もうインコー条例違反じゃないだろ。俺がガキだからその気になんない?でも、ごめんね萌黄さん。俺もう、めちゃくちゃその気だから。もうムリ。萌黄さんが欲しい」
欲しくて欲しくて、飢え死にしそう。
そう告白する声と視線は焦げつくような熱量を持つのに、肌を滑り降りていく指先が震えている。
「あのね」
シャツをめくりあげておなかをなでている羊介くんの手に指をからめた。
「まだ、そのタイミングじゃないでしょ」
羊介くんの目が怖い!
狼の機嫌が急降下っ!
「えっと、ダメとかじゃなくて!結婚とかその先のっ」
「その、先?」
「だ、だから、こ、困るでしょ?まだ」
「なにが」
察して~。
みっともないほど赤くなってると自覚のある頬に、羊介くんがかじりついた。
今日は、どうも狼モードから抜け出さないみたい。
「あ、赤ちゃんとかできたら困るでしょっ!」
一気に言い切ったけど、恥ずかしくて羊介くんの肩に顔を埋めたのに。
「ああ、ふふっ」
軽い笑い声が返ってきて、さっきまで切羽詰まってたくせにと、狼の余裕に腹が立つ。
「大事なことよ?」
「大丈夫。俺、持ってるから」
何を、とは聞くまい。
年上は察せられるのだ。
でも。
「なんで?!」
常備してるの?!
使う機会があったの?!
問いただすために、押さえつけられている腕から抜け出そうとしたら、狼が焦って抱きしめてきた。
「違う!浮気とかじゃないからっ。高2のとき、予備校の近くでやってた”世界エイズデーキャンペーン”で配ってたの!」
ああ、そういうことか。
ほっとはしたけど、まだ心配はある。
「でも、着け方、とか、知ってる?失敗しちゃったら」
私は知らないよ?
「……2個、持ってる」
「え?」
「……一回通り過ぎてから、またもらいに行った。……こ、こいうとき、のために」
「勇気があるねぇ」
「だって、コンビニとかで買えねぇだろ。高校生だったし」
今どきは大丈夫だと思うけど。
もう一回もらう勇気はあっても、コンビニでは買えなかったんだ。
……可愛い。
「ちょっと前のものだけど、それって使って大丈夫?」
「使用期限って、未開封なら3年以内なんだって」
高校生、なんのお勉強してたのよと思ったら、おかしくなってきた。
「ふっ、ふふふふっ」
「……笑わないで」
照れくさそうな声で、狼度を下げた羊介くんがグリグリとおでこを擦りつけてくる。
そんなに前から欲しがられていたんだと思えば、愛しさが増すばかり。
だから。
「っ!」
そっと唇を合わせて舌をからめると、息を詰めた羊介くんの目がまん丸になった。
「じゃあ、お勉強の成果を見せてもらおうかな」
「……今さらだけど、ホントにいい?」
「ホント、今さら」
「ご、ごめん、なさい。……ほら、こっち、来て」
すっかり大型犬に戻った羊介くんが、抱きしめている手にゆっくりと力を入れて、起き上がらせてくれる。
「ベッド、行こ?」
繰り返されるバードキスに、これなら初心者同士、優しくしてもらえるかなって思っていたのに。
そういうつもりで呼んだわけじゃなかったけれど、翌日が休みでホントによかった。
「だいじょぶ?萌黄さん」
「……だいじょばない……」
「ご、ごめん、加減、わかんなかった」
そうだね。
さっきまでは、荒くれ狼に食べられているウサギの気分だったよ。
背中からそっと抱きしめてくる羊介くんに、デコピンのひとつでもして、お説教したいけれど。
もう、指先も動かせない。
「ごめん。……でも、すげぇシアワセ」
うなじにキスを繰り返している狼にそう告げられれば、何もかもがどうでもよくなってくる。
「……明日、一緒にカフェ巡り、する?」
「そうだね。ベッドから出られたらね」
何やら不穏なことを言っているようだったけど、聞き返す間もなく。
あっけなく眠気に負けて意識は途切れた。
教訓。
狼が「ちょっとコンビニに行ってくる」と言い出しても、許可してはいけない。
「歯ブラシとか、ないからさ」
なんて、いくらもっともらしいことを言っていても、ダメ、絶対。
一日、ベッドから出してもらえなくなるんだから。
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