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冒険初心者
すぐにカランカランというドアベルの音。
別の客が入って来た。
「いらっしゃい」
先ほどと同じように笑顔で言うと、ペコリと頭を下げられた。
初めて見る顔。ふつうの身なりのふつうの冒険者のようだ。王都に到着したばかりなのか、ややくたびれた様子だった。
「薬草、ください。すぐ使えるヤツ……」
ウチは材料は売っていない。おそらく、このふつうの道具屋に来る前に、錬金用の材料を売っている店に行ってしまったのだろう。錬金材料屋は王都に入ってすぐのところにあり、道具屋と間違えて入る客も少なくない。
「傷が治るのと毒が治るのと麻痺が治るのと全部治るのがあるけど、どれがいいんだ?」
そう言うと、客は少しの間、固まった。
「全部治るのは高いですよね?」
冒険初心者だろう。もしくは今まで道具屋に来たことがない。
「そうだな。でも、傷と毒と麻痺の三つを買うよりは少しだけ安い」
すぐに判断しないのは、持っている金が少ないのだろう。金を持っている人間ならすぐに全部治る薬(万能薬と呼ばれている)を選ぶか、ふつうではないすごい道具屋ですごい薬草を買う。
「全部治るのはどんな時に使うんですか?」
「戦闘中に使うのがいいって聞く。これを飲めば一度で全部治るから。ゆっくり治す時間があるなら、必要な薬草だけを買うのが一般的だ」
俺はふつうの道具屋だけど、売っていても使ったことがない物がある。怪我はするので薬草は使う。毒消しはたまに使う。毒を持ったモンスターとまではいかない虫に刺されることはある。
けれど麻痺は使ったことがない。しびれ薬のような物を飲むような機会はないし、麻痺するようなモンスターにあったことはない。だから、万能薬を使うようなみっついっぺんに食らうような目にもあってはいない。
麻痺を治す薬や万能薬は使った人から聞いた話を伝えるだけだ。
「大した傷でないなら、宿屋に泊るだけでも良くなるよ」
「そうなんですか?」
素直すぎて心配になる感じがした。
「ただ、ウチの薬草を使えばすぐに良くなる」
これはウソではない。自分で使って効果を知っている。
「傷が治るのください」
思い切ったような感じで客は言った。
売れるのは嬉しい。
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