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宿屋に泊らない客
今日はそこそこ客が入っていた。
薬草がよく売れていたので、倉庫からまだ小分けにしていない大きな束のままの薬草を持ってきてカウンターに置く。それから1回分にして紙で包む。
客がいない時にやっている作業で、5個できたところでカランカランとドアベルが鳴った。
「やあ、また来たよ」
はじけんばかりの笑顔で客が入って来た。がっちりした男で、ちょっとだけ魔法が使える常連客。
毎回、傷だらけで店に来る。
今日は頭を怪我したらしく、短い黒髪についた血が乾いてガビガビになっていた。
「いらっしゃい。一番安い魔法回復薬でいいか?」
薬草の束を横に置き、魔法回復薬が入った箱を後ろの棚から出してくる。うちの道具屋で売っているくらいなので、そんなにすごい回復薬ではない。一番安くて魔力もそんなに回復しない。
「それをくれ」
傷だらけの姿で笑いなが言うのはなかなかシュールだ。ある程度は魔法で治し、魔力が足りなくなったところでここまで来たのだろう。ひどい怪我は治っていた。
彼の前に木の箱を置く。回復薬はガラスの小瓶に入っているので、割れないようにベニヤ板で仕切ってある。そろそろ彼が来る頃だと思って、箱にきっちり詰めておいた。
客は1本目の回復薬の小瓶を手にして蓋を開けるとごくごくと飲む。
「プハー、魔力が漲ってくる」
栄養ドリンクでも飲んだかのように言った。けっこう無理をしてここまで来たと思われる。
皮肉なことに、さっきの魔法が使えそうな外見の客には魔力はなく、魔力がなくてもどうにかできそうなこの客には魔力がある。
「もう一本!」
そう言って2本目も飲み干す。
「いい飲みっぷりだな」
いつもそう思う。魔法薬をゴクゴク飲むのは彼くらいだ。
魔力が強い魔法使いの場合、小瓶ではなく魔法専門店の大幅に魔力が回復する薬を使う。この小瓶はふつうの人がちょっとした時に飲んだり、冒険初心者か彼のような魔法剣士が使う。ふつうの人は1本しか飲まないが。
「ハハハハ、まあなっ!」
そして彼は3本目を手にする。
「魔力が上がったのか?」
いつもは2本だった。魔法剣士は魔法も使える剣士。剣士なので魔法はオマケ程度である。彼の魔力はそんなに強くはなく、いままでは2本でいっぱいになる程度だった。
「うむ。さっき強いモンスターを倒してレベルが上がったんだ」
嬉しそうにそう言ってまた豪快に3本目の回復薬を飲む。
「ほっほぉ」
飲み終えると小瓶を持っていなかった左手を肩からぐるぐると回した。
「よかったな」
狭い店内でその動きはやめて欲しかったが、レベルも上がってテンションがおかしなことになっているのだろう。
「うむっ」
彼の動きは魔法を使う者の動きではない。戦士でも十分な感じだが彼は努力の末、魔力を手に入れて魔法剣士になることを選んだ。
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