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「よぉっし」
掛け声と共に店の隅に移動する。移動したのは怪我をしていない俺まで不必要な治癒魔法を食らわないようにするためだった。薬草と同じで、必要のない魔法は健康な人に悪影響を及ぼす。冒険者ならともかく、俺はふつうの人間なのでふつうに良くない。
安全な距離まで来ると客は手を合わせると目を閉じ、小さく呪文を唱える。穏やかな光が客を包む。眩しくはない。春の木漏れ日のような見ているだけでほのぼのしてしまいそうな光だ。
そして光が収まる。
客はそれを5回繰り返した。光る度に傷が治っていく。
いつもならそれで戻ってきて回復薬で魔力を回復するが、客はもう1回呪文を唱えた。レベルが上がったので体力も上がったのだろう。そして、魔力が上がった分、唱えることができる回数も増えたようだ。
「ふん」
優しかった光とは真逆な暑苦しい声を上げる。
魔法で傷を治し体力を回復し、気持ちまで元気になったようだ。来た時はカラ元気っぽかった。彼は服装までピカピカになってカウンターに戻って来た。髪に付いていた血も綺麗になっている。
魔法って、便利だな。
その様子を見ているといつも思う。
「あと3本でいいか?」
箱から小瓶を3本出して客の前に置き、残りは棚にしまう。
「うむ」
また続けて3本飲む。
「よし、これで魔力も体力も回復した」
「また宿屋は使わないのか?」
「まだ昼だからな。もう一回りしてくる」
確かに休むにはもったいないくらい天気はいいし客も元気はつらつとしていた。
「今日はちゃんと宿に泊れよ」
治癒魔法が使えるようになって間もない魔法剣士は金を貯めるために宿屋に泊らない。
「あと少しで鋼の剣が買えるから、それまではこれを続ける」
鋼の剣はふつうの武器屋で買える最も高価な武器だった。客は目を輝かせていたが、そういう問題ではない。
「ほどほどに睡眠はとった方が良いぞ」
「睡眠はとっているぞ」
自慢げに言われた。
「どこで?」
嫌な予感しかしない。
「野宿」
やっぱり。
「夜は宿に泊まれ」
誰もがそう言うだろう。
「もう少しレベルが上がって、魔力の回復が間に合わなくなったら泊まる」
客は笑顔で言う。冒険者でいることが楽しくて仕方がないようだ。
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