宿屋に泊らない客

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「そういえば、夜の道具屋はまとめ売りしてるって聞くけど、得なのか?」  客は声をひそめた。  夜の道具屋。  その名の通り、午後5時から日をまたいで深夜の1時まで営業している。  いかがわしい店ではない。  暗くなってから営業を始めるからそう言われているだけだ。  ふつうの道具屋の営業時間が終わる午後5時から営業を始める。この場所は午後5時を過ぎると夜の道具屋になる。 「得する時もあるけど損する時もある」 「どういうことだ?」  客は深刻すぎるくらいに深刻な顔をする。いかがわしい店ではないからそんな顔をする必要は皆無なのに。 「売っている物はウチとほとんど変わらないが、店主が面倒くさがり屋だから小分けにせず、ほぼ仕入れた状態で売っているから」  だから別名まとめ売りの道具屋。 「安いのか?」  俺はその問いにうなずく。 「ほんの少しだけ安い」  客はにやりとした。夜の道具屋に行きそうな雰囲気だ。  この客はお得意様だからできれば行ってほしくない。けど、そんな心配はあまりない。 「魔法回復薬は箱ごと売っている」 「箱ごと?」 「これがいっぱい入っている状態だ」  さっきの箱をまた出す。4×6の24本入る箱。6本は客が飲んだので6本分は空いていて18本入っている。空瓶は空瓶用の同じ形の入れ物に入れた。業者に返却するためだ。  夜の道具屋はそういうことを一切しない。  夜の道具屋は仕入れ屋から買ったままの状態で売って、その後のことはしない。  客は箱を見つめる。 「これを持ってモンスターと戦うの?」  俺はうなずく。  木の箱だが軽いので彼なら持ち歩いてもそれほど苦痛は感じないだろう。しかし、大きくはないが小さくもない。しかもガラスの小瓶だから乱暴に扱うと割れる。ある程度は魔法で強化してあるが、モンスターと戦えばちょっと無理な時があるらしい。  割れたらその回復薬はムダになる。後ろにいる魔法使いならともかく、直接モンスターと戦う剣士系は厳しい。 「王都や近くの村に住んでいるなら家に置けるが、旅人や冒険者には勧めない」  夜の道具屋の客は近隣住民がほとんどだった。 「いくらだ?」という問いに「240P」と答える。 「1本10Pってことは、ここと同じじゃないか?」 「売値で同じになっているが、ウチだと本当は回復薬は12Pで売っている。でも小瓶を返却してもらっているから2P引いて10Pになっている」 「ああ、街やフィールドを汚さないためにやってるってヤツか」  俺はうなずく。  空の小瓶を返却してもらうと2Pを客に支払うことになっている。飲んだ後の小瓶を街中やフィールドで散らかさないためだった。マナーの悪い人はどこにでもいるが、これで放置される空の小瓶が減った。  空になった小瓶は問屋が回収して、中身を入れた物を卸してもらう。小瓶を渡すと安くしてもらえる。 「小瓶の回収は原則買った店でだが、夜の道具屋は買い取ってくれない」 「なんで?」 「面倒くさがり屋だからだ」  空の小瓶を買い取るのは面倒くさい。 「じゃあどうすればいいんだ? 捨てていいのか?」 「ダメだ。ふつうの衝撃なら壊れない小瓶だから、ゴロゴロ捨ててあると大変なことになる」  だから買い取って業者が使いまわす。 「夜の道具屋の分は、特別にウチが買い取っている」  場所は同じなので空の小瓶を持ってくる人は多い。厳密には同じ店ではないが、そうすると行き場がない小瓶が出てしまう。それでは街やフィールドの美化につながらない。だから善意での買取。 「夜の道具屋で回復薬を買った場合、空になった小瓶はウチに持ってきてくれ」 「そうすると、1本8Pになるということか」 「空の小瓶をここまで持って来られればそうなる」 「割れててもいいのか?」  割れにくいけれど、割れることもある。 「1本分の破片があれば2Pで回収するけど、あまりにも粉々だったりして何のガラスかわからないようなら無理だ」 「面倒くさいな」  客は顔をしかめた。  俺もそう思う。
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