第376話 つらい思いのその先に。

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第376話 つらい思いのその先に。

       ◆◆◆ 「万死に値します」  ヨシュアが毅然とした色を伴う低い声で、そう言い放った。  玉座の間において、ともに中年であろう男女が、スフィーダに対して揃って右手を向けているのだ。  そういう現象を目の当たりにし、だからヨシュアはおこなのである。 「よい、ヨシュアよ。下がれ」 「それはできません」 「わしの命令だというのに聞けんのか?」 「はい」 「きっぱり言ってくれるではないか」 「この場は私にお任せを」 「そうもいかん。あるいは、わしの責任じゃからの」 「そこには興味が?」 「ないとは言えん」 「興味本位で物事に首を突っ込むのはどうかと思います」 「いいから控えておれ。これは命令じゃ」 「御意にございます」  スフィーダ、ヨシュアのこのへんが好きだ。  それこそ、ツーカーというヤツだろう。  本当に、彼の柔軟性には感謝したい。 「サンドラよ、それにその男は夫じゃな? 二人に問いたい。わしを殺したいか? やれるものならやってみるがよい。場合によっては、命を寄越そう」  問答無用で、恐らく夫であろう男のほうが、渦巻く炎を寄越してきた。  サンドラも同様である。  牽制では済まない強さのある攻撃だ。  間違いなく自分を炭にしようとした一撃であることを、スフィーダは知る。  あるいは、焼かれてもよいと考えた。  なのに、バリアで防いでしまったのは、どうしてだろう……。  視界に、したり顔のヨシュアを捉えた。 「陛下は、フォトンが生きているうちは、生きていたいのです」  ヨシュアにそう言われてしまうと、反論の余地がなかった。  スフィーダは苦笑いを浮かべた。 「サンドラよ」  サンドラは無念そうに俯いている。  もう一度「サンドラよ」と呼び掛けると、彼女は顔を上げてくれた。 「そなたの息子は立派に戦い、立派に死んだ。無知で阿呆なわしにはそうとしか言えん。じゃが、じゃがの? わしは名前も知らぬ兵にも感謝しておる。それでもダメだというのであれば、どうかわしを殺してくれ。もはや抵抗はせん。殺してくれ。たとえそうなろうと、わしは文句を言う立場にはない」  唇を噛みしめたように見えるサンドラ。 「息子はもう、帰ってはきません」 「うむ」 「帰っては来ないんです」 「うむ」 「ですけど、最期の瞬間まで、スフィーダ様を信じていたと思うんです。スフィーダ様のためなら、死んでもいい、と……」 「サンドラよ、わしは死にたくなる」 「えっ?」 「わしがあらゆる国を焼けば、山積する課題など生まれんのかもしれん。だからこそ、申し訳なく思うのじゃ」 「本気でそうお考えなのですか?」  スフィーダは深い悲しみを感じながらも、笑みを浮かべた。 「改めて言うぞ、サンドラよ。わし一人の命でいろいろな事が片づくのであれば、身を捧げたい。野良猫一匹の命すら、わしは失いたくない」  サンドラは涙を流しながらも、笑った。 「私の息子の考えがわかりました。貴女のような女性だから、息子は死することすらいとわなかったのですね」 「すまん……。サンドラ、本当にすまん……」  両の目からあふれ出る涙を、スフィーダは右の手の甲で拭った。  自分が間違いだと指摘してくれて、その結果としてあるいは死ぬことができるのだとすれば、気持ちは楽になるのかもしれないと、スフィーダは思った  その一方で、フォトンとはずっと一緒にいたいと思うのだから、矛盾だ。  サンドラとその夫は、近衛兵のニックスとレックスによって連行された。  スフィーダは玉座から立ち上がった。  立ち上がり、かたわらに立つヨシュアのおなかにぼふっと顔をうずめた。  ヨシュアはそっとそっと、頭を撫でてくれた。 「幼女にはつらい場でございましたね」 「幼女言うな。わしは二千年も生きておるのじゃぞ」 「つらくないのだとすれば、どうして抱きついてくるのですか?」 「やはりつらいと思ったからじゃ」 「矛盾しています」 「そんなわしを、ゆるしてほしい」  ヨシュアは「はい」と言って、やっぱり後ろ髪を撫でてくれた。  だからスフィーダはまた深く、悲しみに暮れてしまったのだった。
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