第16話 黒い球と強き拳。

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第16話 黒い球と強き拳。

       ◆◆◆  人語を話せるドル・レッドが野太いがらがら声で「なんだぁ、コイツらはぁ! イーヴル、まとめて俺が食ってやろうかあっ!」と発した。  だが、イーヴルと呼ばれた青肌の少年は無反応。  返事をしない。  プサルムの魔法使い、若い男が、魔法衣のサイドポケットにそれぞれ手を突っ込んだ。  取り出したものを、ぽんと空中に放り投げた。  計七つの小さな黒い玉だ。  使用者である彼のすぐ後ろで、それらは円を形成して浮遊する。  ドル・レッドが炎を吐いた。  若い男と若い女は、ともに上昇することで難を逃れた。  いい判断だ。  とにかく、いい判断なのだ。  彼我の戦力をきちんと把握できていると言えるからだ。  炎が渦を巻いて、スフィーダへと迫り来る。  その問題を、難なく解決したのはヨシュアだ。  素早く彼女の前に立ち、薄紫のバリアを展開したのである。  バリアの頑丈さと展開できる大きさは使い手次第。  ヨシュアのそれは、世界最高峰の強度を誇るだろう。  どこまで巨大なものをこしらえられるのかは想像もつかない。  それほどの男なのだ。  イーヴルを七つの玉が取り囲む。  それぞれの玉から糸を引いたのは桃色の光線だ。   だが、イーヴルは自らを中心とした球状のバリアを形成し、攻撃を軽々とあしらう。  桃色の光線は力無く遮断される。  反撃。  イーヴルが掲げた右手の指をぱちっと鳴らした。  途端、天から黄金色の光の矢が降り注いだ。  しかし、若い男は頭上に展開したバリアで、それらすべて食い止めた。  なかなかの強度。  見所がある。  そして両者は改めて様子を見るようにして睨み合う。  さて、ではもう一人の兵、若い女はというと……。    なんと彼女は素手でドル・レッドに挑んでいる。  拳を振るうのだ。  なんたる無鉄砲さだろう。  無謀とも言える行動だ。  見るからに分厚いその皮膚の前では無力であるに違いない。  実際、ドル・レッドは太鼓腹で堂々と受け止める。  複数の兵が地上から飛び立ってきた。  揃って、スフィーダ、それにヨシュアの前に躍り出る。  盾になろうというのだ。  スフィーダは「よい!」と強く言った。  彼らの戦いぶりを最後まで見たい。  そう思うから、脇に退かせた。  若い女が距離をとったところで、ドル・レッドが脅すようにしてまた咆哮した。  空気がビリビリと振動する。  突然、イーヴルが「もういいや」とでも言わんばかりに、滑るようにして後方へと移動した。  ドル・レッドは「おい、イーヴル!」と不服そうな言葉、声を発したが、やがて彼に続いた。  一人と一頭はそれぞれ自らを包み込むような飴色の筒を構築し、どこぞにワープ、姿を消したのだった。  潔いと言っていいくらいの、引き際のよさだ。  元より、あまり長居をするつもりはなかったということだろうか。  兵らは振り返り、スフィーダに敬礼を寄越し、地上へと戻ってゆく。  若い二人の男女も、それに倣った。 「理由は不明ですが、首都防衛隊の出撃が遅かった。申し訳ございません。その点は改善いたします」  スフィーダの隣で、ヨシュアは至極冷静な口調でそう述べた。  一方で、彼女はふーっと長い息をついた。 「危ない賭けをした。あるいは危ない橋を渡った。今のわしはそんな気分じゃぞ」 「彼ら二人には見覚えがあります」 「わしも男のほうについては見当がつく。ギリー家のニンゲンじゃろう?」 「さようでございます」  若い男が戦闘に用いたのは、伯爵の位を持つ貴族、ギリー家に代々伝わる(しち)(ほう)(ぎょく)と呼ばれるアイテムだ。  だが、使用できる者は長らくいなかったはず。  やはり、彼にはそれ相応の才能、資質があるということなのだろう。  実はスフィーダ、本当に驚いている。  事実として、まだ若いに違いない彼らは、凄腕の魔法使いとドル・レッドを退けたのだから。
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