第18話 うぶな恋愛小説家。

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第18話 うぶな恋愛小説家。

       ◆◆◆  次の謁見者は恋愛小説家です。  ヨシュアからそう聞かされた。  名を訊いたところ、スフィーダも知っている作家であることが判明した。  大扉が開き、謁見者が歩いてくる。    あれ?  スフィーダは首をかしげる。  名はエレクトラのはずだが……。  それって女の名前なのだが……。  しかし今、赤絨毯の上で座礼をし、(おもて)を上げたのは、中年とおぼしき男である。  丸い顔、丸い体。  太っちょだ。  髪もひげも伸ばしっぱなし。  クリーム色のシャツもズボンも着古した感がある。  とてもではないが、清潔感のある身なりとは言い難い。  女王陛下に会おうというのであれば、少しくらい、綺麗にしてきてもいいし、むしろそうするほうが自然であろうに。 「そなたがエレクトラなのか?」 「まあ、なんというか、その、はい……」 「実名を申してみよ」  そう言っただけなのに、男はなんだか、もじもじし始めた。  まどろっこしいことに、「えっと」だとか、「その」だとか、要領を得ない言葉ばかりを連ねる。  スフィーダ、イライラまではしないものの、眉根くらいは寄せたくなる。  彼女はかたわらに控えるヨシュアを見上げた。  彼はちらと流し目だけ寄越すと、すぐに男に視線を戻したのだった。 「あの、えっと、イグルーと申します、はい……」  男がやっと名乗った。 「あいわかった。イグルーじゃな?」 「は、はい。よろしくお願いします」 「こちらこそ、よろしく頼む。さて、イグルーよ。そなたはどうしてわしに会おうと考えたのじゃ?」 「その……悩みを打ち明けられる相手がいなくて……」 「どんな悩みなのじゃ?」 「あの、その、えっと……」 「なんでも申してみるがよいぞ」 「では、あの……僕みたいなのが恋愛小説家って、気持ち悪いですよね?」 「は?」 「気持ち悪いですよね……?」 「い、いや、別に気持ち悪くはないぞ?」 「だけど、気持ち悪いって言われたんです……」 「誰にじゃ?」 「好きなヒトに、です」 「むぅ。要するに、恋愛小説家の恋愛相談というわけか」 「率直に胸の内を話せるような友人なんて、僕にはいないので……」 「察するに、恋愛もほとんどしたことがない、と?」 「はい……」 「相手は? どんな(おな)()じゃ?」 「街のレストランで働いている、二十五歳の女性です」 「かわいいのか? って、かわいいと感じていなければ恋などせんわな」 「気持ち悪いと言われて以来、そのレストランにも顔を出せないでいます。僕の唯一の楽しみだったのに……。ああ。告白なんてしないほうがよかったなあ……」  腕を組み、悩ましさから「うーむ」と唸ったスフィーダ。  彼女は二千年以上生きているものの、恋愛相談にのってやれるほど、その道については造詣が深くないのである。  しかし、一度、頼られてしまった以上、なにかアドバイスをしてやらなければいけないだろう。  スフィーダ、そう考える次第である。 「イグルーよ」 「は、はい」 「ニンゲン、大切なのは中身じゃと思うか?」 「それは……はい。そう思います」 「わしも同意見じゃ。とはいえ、ある程度、外見も大事なのではないかと考えていることもまた事実なのじゃ。見たところ、そなたは身なりに無頓着すぎるようじゃな」 「で、ですけど、着飾ったところで、元が悪いわけで……」 「ならば、もっと運動しろ。体を動かして、まずは痩せるのじゃ」 「僕、運動は苦手なんです……」 「そういった考え方がいかんと言っておる。何事も挑戦せねば始まらぬぞ?」 「う、うーん、でもなあ……」 「その女子に対する気持ちが本物なのであれば、努力できるはずじゃ」 「……よ、よしっ」 「おっ、やる気になったか?」 「はい。僕、がんばってみます。ありがとうございました、スフィーダ様」 「うむうむ。どういたしましてなのじゃ」  立ち上がり、身を翻して去りゆくイグルーは「やるぞーっ!」と右手を突き上げた。  素直でかわいい奴ではないかと、スフィーダは思ったのだった。        ◆◆◆  二週間後。  またイグルーがやってきた。  スフィーダ、驚いた。  イグルーはすっかりほっそりとして、しゅっとした顔立ち、体つきになっていたのだ。  髪も短く整え、ひげもきちんと剃っている。  黒い背広もウイングカラーのシャツもよく似合っている。 「ほぇぇ。たった二週間じゃというのに、変われば変わるものじゃのぅ。イグルーよ、感心したぞ」  イグルーは「えへへ」と照れくさそう。 「して、くだんの女子とはどうなったのじゃ? これから、再度、アタックするのか?」 「実は昨日、もう一度、想いを伝えたんです」 「おぉ、おぉ、行動が早いのぅ。そしたら、どうなったのじゃ?」 「オッケーをもらえたんです」 「おぉぉっ、それは実にめでたいことじゃ」 「えへへ」 「なにか贈り物をしたのか? たとえば花束とか」 「ダイヤの指輪とネックレスをプレゼントしました」 「い、いきなり奮発したのぅ」 「それからカフェでいろいろと話したんです。僕のこと、包み隠さず話しました。そしたら、実は彼女、僕のファンだったらしくって。本は全部持ってるって」  また照れるように頭を掻いたイグルーである。 「正直に言ってしまうと、プロポーズまでしてしまったんです」 「おおぅ、そうなのか。じゃが、勢いも大事じゃな。して、答えは? どうだったのじゃ?」 「五年、待ってくれって言われました」 「ご、五年もか?」 「三十になるまでは結婚もできなければ、異性と手をつなぐことすら禁止されているそうなんです」 「宗教かなにかか?」 「はい」  スフィーダ、少し、眉をひそめる。  二千年以上にわたる生の中で、そこまで閉鎖的な宗教は聞いたことがない。 「あと、男性からもらう贈り物はダイヤじゃないといけないそうです。まあ、それくらいなら安いものです。僕、お金だけはありますから、えへへ」  スフィーダ、ますます難しい顔になる。  本当に、そんな宗教、聞いたことがない。  ひょっとすると、いや、まず間違いなく、相手の目的は金銭では……?  むしり取られるだけむしり取られて、どこかのタイミングでフラれてしまうのでは……?  スフィーダはヨシュアを見上げた。  彼は呆れたような顔をして、肩をすくめてみせた。
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