69人が本棚に入れています
本棚に追加
第18話 うぶな恋愛小説家。
◆◆◆
次の謁見者は恋愛小説家です。
ヨシュアからそう聞かされた。
名を訊いたところ、スフィーダも知っている作家であることが判明した。
大扉が開き、謁見者が歩いてくる。
あれ?
スフィーダは首をかしげる。
名はエレクトラのはずだが……。
それって女の名前なのだが……。
しかし今、赤絨毯の上で座礼をし、面を上げたのは、中年とおぼしき男である。
丸い顔、丸い体。
太っちょだ。
髪もひげも伸ばしっぱなし。
クリーム色のシャツもズボンも着古した感がある。
とてもではないが、清潔感のある身なりとは言い難い。
女王陛下に会おうというのであれば、少しくらい、綺麗にしてきてもいいし、むしろそうするほうが自然であろうに。
「そなたがエレクトラなのか?」
「まあ、なんというか、その、はい……」
「実名を申してみよ」
そう言っただけなのに、男はなんだか、もじもじし始めた。
まどろっこしいことに、「えっと」だとか、「その」だとか、要領を得ない言葉ばかりを連ねる。
スフィーダ、イライラまではしないものの、眉根くらいは寄せたくなる。
彼女はかたわらに控えるヨシュアを見上げた。
彼はちらと流し目だけ寄越すと、すぐに男に視線を戻したのだった。
「あの、えっと、イグルーと申します、はい……」
男がやっと名乗った。
「あいわかった。イグルーじゃな?」
「は、はい。よろしくお願いします」
「こちらこそ、よろしく頼む。さて、イグルーよ。そなたはどうしてわしに会おうと考えたのじゃ?」
「その……悩みを打ち明けられる相手がいなくて……」
「どんな悩みなのじゃ?」
「あの、その、えっと……」
「なんでも申してみるがよいぞ」
「では、あの……僕みたいなのが恋愛小説家って、気持ち悪いですよね?」
「は?」
「気持ち悪いですよね……?」
「い、いや、別に気持ち悪くはないぞ?」
「だけど、気持ち悪いって言われたんです……」
「誰にじゃ?」
「好きなヒトに、です」
「むぅ。要するに、恋愛小説家の恋愛相談というわけか」
「率直に胸の内を話せるような友人なんて、僕にはいないので……」
「察するに、恋愛もほとんどしたことがない、と?」
「はい……」
「相手は? どんな女子じゃ?」
「街のレストランで働いている、二十五歳の女性です」
「かわいいのか? って、かわいいと感じていなければ恋などせんわな」
「気持ち悪いと言われて以来、そのレストランにも顔を出せないでいます。僕の唯一の楽しみだったのに……。ああ。告白なんてしないほうがよかったなあ……」
腕を組み、悩ましさから「うーむ」と唸ったスフィーダ。
彼女は二千年以上生きているものの、恋愛相談にのってやれるほど、その道については造詣が深くないのである。
しかし、一度、頼られてしまった以上、なにかアドバイスをしてやらなければいけないだろう。
スフィーダ、そう考える次第である。
「イグルーよ」
「は、はい」
「ニンゲン、大切なのは中身じゃと思うか?」
「それは……はい。そう思います」
「わしも同意見じゃ。とはいえ、ある程度、外見も大事なのではないかと考えていることもまた事実なのじゃ。見たところ、そなたは身なりに無頓着すぎるようじゃな」
「で、ですけど、着飾ったところで、元が悪いわけで……」
「ならば、もっと運動しろ。体を動かして、まずは痩せるのじゃ」
「僕、運動は苦手なんです……」
「そういった考え方がいかんと言っておる。何事も挑戦せねば始まらぬぞ?」
「う、うーん、でもなあ……」
「その女子に対する気持ちが本物なのであれば、努力できるはずじゃ」
「……よ、よしっ」
「おっ、やる気になったか?」
「はい。僕、がんばってみます。ありがとうございました、スフィーダ様」
「うむうむ。どういたしましてなのじゃ」
立ち上がり、身を翻して去りゆくイグルーは「やるぞーっ!」と右手を突き上げた。
素直でかわいい奴ではないかと、スフィーダは思ったのだった。
◆◆◆
二週間後。
またイグルーがやってきた。
スフィーダ、驚いた。
イグルーはすっかりほっそりとして、しゅっとした顔立ち、体つきになっていたのだ。
髪も短く整え、ひげもきちんと剃っている。
黒い背広もウイングカラーのシャツもよく似合っている。
「ほぇぇ。たった二週間じゃというのに、変われば変わるものじゃのぅ。イグルーよ、感心したぞ」
イグルーは「えへへ」と照れくさそう。
「して、くだんの女子とはどうなったのじゃ? これから、再度、アタックするのか?」
「実は昨日、もう一度、想いを伝えたんです」
「おぉ、おぉ、行動が早いのぅ。そしたら、どうなったのじゃ?」
「オッケーをもらえたんです」
「おぉぉっ、それは実にめでたいことじゃ」
「えへへ」
「なにか贈り物をしたのか? たとえば花束とか」
「ダイヤの指輪とネックレスをプレゼントしました」
「い、いきなり奮発したのぅ」
「それからカフェでいろいろと話したんです。僕のこと、包み隠さず話しました。そしたら、実は彼女、僕のファンだったらしくって。本は全部持ってるって」
また照れるように頭を掻いたイグルーである。
「正直に言ってしまうと、プロポーズまでしてしまったんです」
「おおぅ、そうなのか。じゃが、勢いも大事じゃな。して、答えは? どうだったのじゃ?」
「五年、待ってくれって言われました」
「ご、五年もか?」
「三十になるまでは結婚もできなければ、異性と手をつなぐことすら禁止されているそうなんです」
「宗教かなにかか?」
「はい」
スフィーダ、少し、眉をひそめる。
二千年以上にわたる生の中で、そこまで閉鎖的な宗教は聞いたことがない。
「あと、男性からもらう贈り物はダイヤじゃないといけないそうです。まあ、それくらいなら安いものです。僕、お金だけはありますから、えへへ」
スフィーダ、ますます難しい顔になる。
本当に、そんな宗教、聞いたことがない。
ひょっとすると、いや、まず間違いなく、相手の目的は金銭では……?
むしり取られるだけむしり取られて、どこかのタイミングでフラれてしまうのでは……?
スフィーダはヨシュアを見上げた。
彼は呆れたような顔をして、肩をすくめてみせた。
最初のコメントを投稿しよう!