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第19話 ファンクラブの設立者。
◆◆◆
眼鏡をかけている痩せ型のその男は、座礼から顔を上げるなり、言った。
「スフィーダ様、このデニスめを踏んづけてくださいませんか?」
当然、ぽかんとさせられた。
人差し指でヨシュアを招く。
彼は腰を大きく屈めて、スフィーダの口元に耳を寄せた。
「おい。こやつは阿呆なのか?」
「いえ。至極フツウのニンゲンとのことです」
「本人がそう言ったのか?」
「身辺を調査した結果でございます」
「で、何者なのじゃ?」
「陛下のファンクラブの設立者でございます」
「む、そうなのか?」
「踏んづけるがよろしいかと」
「わ、わしはそんなキャラではない」
「いえ。案外、そういうキャラなのでございます」
「たわけがっ。もうよい、黙って控えておれっ」
「仰せのままに」
痩せ型の男、デニスという名らしいが、彼は先ほどから、スフィーダのことを邪な視線で舐め回しているのである。
彼女がまとうドレスは結構すけすけなので、なんだか裸を見られている気分にすらなる。
原則というか基本的にというか、とにかく肌を晒すことについてはほとんど抵抗感のない彼女であるが、さすがにここまであからさまな目で見られると、気色が悪くなってくる。
「ああっ、スフィーダ様っ、かわいらしいお顔、華奢なお体、真っ白なおみ足、どの部位も美しく麗しく、また愛おしゅうございます!」
部位とか、まるで牛や豚のごとく言ってくれる。
「デニスよ、改めて言っておくが、わしは民を踏んづけたりはせぬぞ」
「そうおっしゃらずに。背中をヒールでぐりぐりしていただきたいのでございます」
「じゃから、せぬと言っておろうが」
「では、顔面に唾を吐きつけてくださいませ」
「も、もっとせぬわ」
「ああっ、スフィーダ様っ、雄叫びを上げようとしていて、どうしようもないのでございます!」
「お、雄叫び?」
「はい。わたくしめの息子が天を貫くほどに猛り狂うような雄叫びを――」
「ももも、もうよい。ヨシュアよ、下がらせろ!」
「ダメでございます。民が満足するまでがお仕事でございます」
「そんな基準、いつ設けた?!」
スフィーダは玉座の上に立ち、デニスを指差しながら、正直に「あやつはおかしいぞ! 絶対に頭がおかしいぞ!」とヨシュアに訴えてしまう。
「ああっ、スフィーダ様っ、もっと激しく罵ってくださいませ! このデニスめを心の底から蔑んでくださいませ!」
「とか言いながら覗いてくるな! 下から下から覗いてくるな!」
スフィーダの今日のドレスは丈がたいへん短いのである。
だから彼女は必死に裾を押さえるのである。
「やはりおぱんつは白なのでございますね!」
抵抗むなしく見られてしまったらしい。
「しかと目に焼きつけました! 今晩のオカズにさせていただきます!」
「オ、オカズ?」
「はい! きっと何回でもイケる――」
「よよっ、よせ。そういうネタには使ってくれるな」
ヨシュアがスフィーダの耳に口を寄せた。
「陛下。民の性欲を満たしてやることも、あるいは大切な公務の一つかと」
「馬鹿を抜かすな! そんな公務があってたまるか!」
スフィーダは声を荒らげると、すとんと玉座に座り直した。
もう嫌だ。
物凄くめんどくさくなってきた。
だから、スフィーダ、ついにしっしと右手を振ってしまう。
速やかにはけるようにとデニスに促してしまう。
「ああっ、スフィーダ様っ」
「次はなんじゃ?」
「デニスは……デニスはもう我慢できません!」
「なにが我慢ならんのじゃ?」
「デニスはついに果ててしまいそう――」
「いい加減、おまえは帰れ!」
最後にスフィーダ、思い切り暴言を吐いてしまった。
二千年以上生きていようが、気持ちが悪いものは気持ちが悪いのである。
近衛兵にともなわれ、ようやく出ていってくれたデニス。
やれやれだ。
本当に、やれやれだ。
額に手をやる。
溜息の一つもつきたくなる。
「ヨシュアよ」
「なんでございましょう?」
「ファンクラブとやらを取り潰すわけにはいかぬのか?」
「おや。陛下らしからぬ発言でございますね」
「ああ、そうじゃな。民の人権と自由は守らねばならぬな」
「その通りでございます」
「しかしまったく、あのような者がおろうとは」
「多様性にあふれているのが、プサルムでございます」
「ものは言いようじゃな……」
なんだかどっと疲れてしまったスフィーダだった。
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