第21話 その女、フリーダム。

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第21話 その女、フリーダム。

       ◆◆◆  二人の近衛兵とともに玉座の間に入ってきたのは、栗色の長い髪をした若い女。  その女は、赤絨毯を歩いてくる途中で、スフィーダに向け、いきなり右手から炎を放った。  ヨシュアがなんとかするだろうと思ったのだが、彼はなにもしようとしないので、彼女自らが対応した。  渦を巻きながら迫る炎を、指の一本すら動かすことなく、薄紫のバリアで遮ったのだった。  呆気にとられてだろう、近衛兵がまだ動けずにいる中、女は拍手をしながら近づいてくる。  着衣は紫色。  丈の短い上着の袖と裾には白いレースがあしらわれている。  スカートは短く、太ももが丸出しだ。  ブーツも紫色。  ヘッドチェーンから垂れ下がっている飾りの石はサファイアだろうか。 「さすが女王陛下。大したものじゃない。やるわねぇ」  まったくもって偉そうな口を利いてくれる女だが、謁見者が礼を尽くすべき位置まで来ると、一転、潔く片膝をつき、(こうべ)を垂れた。 「謁見をおゆるしいただき、ありがとうございます。エヴァ・クレイヴァーと申します」 「無礼についての謝罪はなしか」 「不要かと存じまして」 「あいわかった。エヴァ、(おもて)を上げよ」 「はっ」  エヴァは美しい顔をほころばせた。  絵になる笑顔だ。 「そなたは何者じゃ? なかなかの使い手であるようじゃが」 「ブレーデセンから参りました」 「ほぅ。遠くからご苦労じゃったな」 「恐れ入ります」  ブレーデセンとは、西海に浮かぶ島国だ。  天才的な魔法使いを数多く輩出してきた歴史がある。  そのため、ブレーデセンに手を出そうという国はない。  戦争を仕掛けるにあたっては、とてもリスキーだからだ。 「して、なんの用じゃ?」 「ブレーデセンは二日前に滅びました」 「なっ、なんじゃと!?」 「滅びたと言ったんです」 「まことか?」 「嘘ついてどうするんですか」  スフィーダはかたわらに控えるヨシュアを見上げた。  彼は「確認中でございます」とだけ答えた。  エヴァに「女王陛下は世事に疎いのねぇ」と嫌味を言われてしまったが、スフィーダ、そのへんはまるで気にしなかった。 「ブレーデセンは、国土は広くなくとも、軍事的には強国であろう?」 「そうなんですけど、とにかく、一人の魔法使いに滅ぼされちゃったんです」 「たった一人? ニンゲンか?」 「ニンゲンですよ。国一番の大学の教授でした」 「国のニンゲンが自らの国を滅ぼしたのか? どんな意図があって、そのような真似を……」 「やってくれたのは私の知り合いです。とにかく根暗な奴で、気色の悪い男なんです。本気でフハハハハって笑っちゃうんだから。こっちは顔引きつらせて苦笑いするしかないっての」 「どうやって滅ぼされたのじゃ?」 「だから、魔法ですよ、ま・ほ・う。そのとき、私、家で本を読んでたんですけれど、いきなり背筋に悪寒を感じて、そしたら次の瞬間、ドガガガガッって光の雨が降ってきて。バリア展開するの、あと一秒遅れてたら、死んじゃってました」 「そなたのように、バリアが間に合った者もおったかもしれぬな」 「いたかもしれないけど、国の機能が停止したっていうのは動かしようのない事実です」 「要するに、そやつが広範囲にわたって降らせた光の雨の威力が、なにより勝ったということか」 「で、ソイツ、去り際に言ったんです。悔しかったら追ってこいって」 「エヴァは追うのか?」 「当然、追います」 「祖国を亡国にされてしまったからか?」 「いえ。先制攻撃かましといて、とんずらこきやがったから、悔しいんです」 「ふむ。なるほどの。威勢のよいことじゃ」 「でも、移送法陣で逃げ回られたら捕まえようがないじゃないですか? だからとりあえず、どこか暮らすところを探さないとな、って。というわけで、私の亡命、認めてもらえますか?」 「ヨシュアよ。そのへん、どうなのじゃ?」 「この場合、亡命とは言いません。帰化です」 「細かいことは抜き抜き。ねぇ、ヨシュア様ぁ、私、どうしてもプサルムのニンゲンになりたいんですよぉ。なんとかお願いできませんかぁ?」 「手続きさえすれば、問題ありません」 「ホント? きゃっほぅ。やりぃっ」 「ちなみに、その男の名はなんというのじゃ?」 「ラニード・ウィルホーク。言いたくないけど言います。天才ですよ。多分、ヴィノー閣下に匹敵するくらい」 「私にはブレーデセンを亡ぼすほどの力はありませんよ」 「へぇ。謙遜しちゃうんだ? 奥ゆかしいのねぇ、噂のヨシュア様は。では、私はこれで」  エヴァはすっくと立ち上がると、軽やかに身を翻し、かたちのよい尻を振り振り、玉座の間から出ていった。 「あやつ、間接的にではあるが、自分はヨシュアレベルだと申したな」 「聞きようによってはそうでございますね。買いかぶられては困るというものですが」 「買いかぶりでもなかろう?」 「いえいえ。買いかぶりでございます」 「ラニード・ウィルホークか。覚えておこう」 「念には念を。私も記憶しておくことにいたします」
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