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第8話 建国記念日。
◆◆◆
プサルムの建国記念日である。
毎年、この日になると、玉座の間のさらに上階にあるテラスから、スフィーダは自らをお披露目することになっている。
テラスに出た。
すでに城下に集まっていた驚くほど多くの国民が、一斉に「わっ!」と歓声を上げた。
拍手が巻き起こる。
国旗を振っている者もいる。
目一杯両手を広げて応えたいところだが、そこはスフィーダ、ぐっとこらえ、優雅さと毅然さを意識しつつ、顔の横でしとやかに右手を振るのである。
それにしても、「スフィーダ様、ばんざーい!」の声に紛れて、「キャーッ、ヨシュア様、ヨシュア様ぁっ!」という声が結構まじっているのはなぜだろう。
それはもう声を大にして、「みな、元気かーっ!」、「みな、幸せかーっ!」などと叫びたい。
だが、やはりぐっとこらえるのである。
やはり、しとやかさを重視するのである。
手を振る、振り続ける、できるだけ長い時間、自分の姿を晒そうと思う。
本当はスフィーダ、城の上から国民を見下ろすようなことはしたくない。
できることなら、同じ目線で、否、なにせ小さいから、城から出たら出たで、今度は自分が見下ろされる立場になってしまうのだが、要するにそれくらい近い距離で国民と接したいと考えている。
ヒトよりずいぶんと年を食っているだけであって、そんなに偉い者ではない。
スフィーダは常にそんなふうに思っている。
◆◆◆
実はスフィーダ、自分の生まれについては、自分でもよくわかっていない。
ある日、目が覚めたら、洞窟のような暗くて小さい穴の中にいた。
七つくらいの姿のまま、転がっていた。
その記憶しかない。
似たような出自の者を、スフィーダは、数人、知っている。
魔女という極めて不可思議な存在の単位が、人、でよいのだろうか?
そういう疑問は湧くが、その点はうっちゃっておこうと考える。
あるいは、スフィーダが知らない魔女も、この世にはいるのかもしれない。
あり得ることだ。
彼女だって、世界のすべてを知っているわけではないのだから。
玉座の上から、ただなんとなく、かたわらに立っているヨシュアのことを見上げてみた。
すると、微笑みだけが返ってきた。
やはり、怖いくらいの美丈夫だ。
ひょっとして、こんなふうに彼に見下ろされたい者は数多くいるのだろうか。
もしかして、口汚く罵ってほしいだなんて女子もいたりするのだろうか。
いやいや、女子に限った話ではないかもしれない。
男の中にもそういう輩はいるかもしれない。
……って、突拍子もなく、自分はなにを考えているのか。
スフィーダ、コホンと一つ咳払いをして、自らを律した次第である。
大扉が開いて、謁見者が入ってきた。
今日も仕事が始まる。
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