気配

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気配

 11月も中旬、もう今年も終わりの気配を見せているのに捜査本部の喧騒は拡大するだけだった。  以前から少しずつその姿を現していたものの、ハロウィンを境に顕著に増え続けていた、連続通り魔殺人事件。 管轄内の3ヶ所に集中する連続殺人事件で、被害者は全員男性。みな鋭利な刃物で滅多刺しにされ殺害された。 「昨日は犬塚町で男性1人の殺害が――」 「その前は犬神町だったな。 その前は?」 「犬仏町です!」  連日同じやり取りが続く捜査本部内で、男性は1人ぼんやりとしていた。 (どこで何をしてるんだろう)  忙しい日々の中で男性がそう考えてしまうのも無理もない。 奥さんが出て行ってからというもの、仕事に加えて家のことまでやらないといけなくなり、負担になっていた。 ◆  最初はなぜ奥さんが出ていったのかわからなかったが、1人で生活を送ってみるとその理由はすぐに明らかとなった。  ワイシャツはクリーニングに出そうかと考えたが、営業時間内に取りに行けないので、洗濯せざるを得ない。しかし男性は洗濯をしたことがなかった。 洗濯機の使い方がわからず、四苦八苦しながらなんとか起動させるも、次は洗剤の適量がわからない。 「おいおい、シワだらけじゃねーかよ。大丈夫なのか?」  物干し竿に揺れるワイシャツを見て、思わず声に出してしまった。 男性の記憶の中にあるワイシャツは、シワ1つないキレイな状態のワイシャツだけだったのだ。    食事も大変だった。 コンビニがあるからいいと思っていたが、これが大きな間違い。弁当やおにぎり、サンドウィッチを食べればもちろんゴミが出る。おにぎりやサンドウィッチの包装はまだいいが、嵩張る弁当容器はシンクで山となった。 「何か匂うな……」  帰宅後に感じた異臭は台所からだった。 「くせぇ!」  流しもせずに置かれた容器内の食べ残しが腐敗を始め、匂いを蔓延させ始めていたのだ。すぐゴミ袋にそれらを突っ込みゴミ捨て場へ向かうが、運悪くアパートの住民と出会ってしまう。 「明日は燃えるゴミの日ですから、プラスチックゴミは出せませんよ」 「すみません……」 「それと弁当容器などは洗ってから袋に入れないと。多少は業者も目をつぶって回収しますけど、そんなに汁とか目立ってちゃ回収してくれませんよ」 「すみません、すぐ洗い直して回収日に出します」  申し訳なさやら恥ずかしさやらですぐに消えたかった男性だったが、恥を忍んで聞かないといけないことがあった。 「プラスチックの回収日って何曜日ですか?」 ◆ ――ぱい。 ――ぱい、先輩! (専業主婦をバカにしてたのか俺は? 仕事が休みでも、掃除洗濯料理を毎日なんて俺はでき……) 「先輩!」 「うぉっ! ビックリした!」 「ビックリしたのはこっちです! 何回呼んでも気づかないし」 「すまん、考え事してて」 「仕事熱心なのはいいですけど、1人で考え込まないでくださいよ?」 (まさか逃げられた妻のことを考えていたとは言えないな……)  心のこもっていない返事をすると、喧騒が大きくなって聞こえてきた気がした。しかしそれは周囲のボリュームが上がったのではなく、飛ばしていた仕事への意識が戻ってきた証拠だった。
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