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怨念のような妄想
「目撃者がいました!」
捜査本部にそのニュースがもたらされたのは11月の中旬で、最初の犯行から1ヶ月が経った時のことだった。これまでの犯行に目撃者がいなかったことが捜査遅延の1つの理由だった。
「現場近くの廃ビルに不法侵入していた浮浪者です。犯人は160㎝ぐらいの女性で、焦げ茶色のコートを着用。目はパッチリとしていたようですが、マスクを着用しており遠目だったこともあって、全体的な顔はわからないとのこと」
このご時世、着用がマナーとなっているマスクが捜査遅延のもう1つの理由だった。
「どうして女性だと? 」
「長く美しい黒髪だったそうで、赤を基調としたスカートを履いていたという証言ありました」
「よしっ、これまでの犯行についても今の目撃情報を元に再捜査だ!」
「「「はっ!」」」
号令と共にそれぞれの動きを見せた。
「先輩、俺達も現場に行きますか?」
「あぁ……」
男性はすぐに準備をして捜査本部を飛び出した。
後輩が運転する車の中、これまでの捜査資料と先ほどの目撃情報を反芻し、震える指で携帯電話を操作しメッセージを送信した。
――今どこにいますか?
妙な胸騒ぎが止まらなかった。
そんな特徴を持つ女性など世に数えきれないほどいるのはわかっていたが、長く美しい黒髪を靡かせながら家事をする奥さんの姿が思い出されてしょうがない。
絶対に違うと思いながらも鼓動は激しさを増すばかりで、ついには頭に嫌な想像が浮かぶ。
「そんなわけあるかっ!」
――ガンッ
「わっ! どうしたんですか先輩!?」
「ハァッハァッ……す、すまん」
浮かんできた妄想を払うつもりが、思いっ切りダッシュボードを殴りつけてしまった。半開きになったダッシュボードを戻しながら、胸の奥に怨念のようにどす黒く絡みついて離れない妄想を、何とか払拭しようとした。
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