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「や、やった…」
ハルはその場にへたり込んだ。
勝ったというよりも、終わったことにホッとして力が抜ける。
忘れていた頭のコブがズキズキと痛みだしたが、そんなものを吹き飛ばす勢いで体育館中が割れんばかりの拍手と歓声で包まれた。
「うわぁああ!!まじか今の!!」
「逆転!!逆転だよ!?すっげぇええ!!」
「おいそこの一年坊、もう一回ダンクしてみろよ!!」
「私、なんか感動しちゃった!!」
「あいつなんでバスケ部じゃないんだ!?」
わぁわぁ騒ぐ生徒の声に乗り、稲本や的場もハルの元へ駆けてくる。
「笠井ぃ!!お前やっぱすげぇぞ!!よく最後の決めたなぁおい!!」
「そういや頭打ったのは大丈夫なのか?!」
稲本はしゃがんでハルの肩を組み、的場が心配そうに頭のコブを調べる。
吉岡も上機嫌で走ってきた。
「笠井、お前はバスケ部に入るべきだぜ!!お前が木崎と組んだら鬼に金棒だ!!いや、レギュラー枠がまた減るからやっぱ来んな!!わははは!!」
豪快に笑う隣では中島も汗を拭いながら笑みを浮かべている。
金井は何か言いたそうにハルに近づいたが、駆けて来る瓏凪の姿を目にすると背を向けた。
「ハル!!」
「ろ、瓏凪!走ったら膝が…!」
瓏凪は汗だくのハルの前でぎこちなく片膝をつき、力一杯抱きしめた。
「ったく!!心配しすぎて死ぬかと思ったじゃないか!!無茶し過ぎだ!!」
「ご、ごめん…」
「謝るのは俺だ!!ハル…、巻き込んで本当に悪かった」
ハルは瓏凪の体温と香りに目を閉じた。
この胸に預けた信頼を守り切れたことに、心の底から安堵する。
「うわ、桃田すごいいい匂いする!なんかすごいいい匂いする!」
ハルと一緒に引き寄せられていた稲本が騒ぐ。
瓏凪は手を離すと、ハルの戦友にも謝意を込めて笑いかけた。
稲本は眩しい美男子スマイルを至近距離で浴び、真っ赤な顔でぴょこんと立ち上がった。
今までどれだけ瓏凪が騒がれてもあまり興味はなかったが、なるほどこれは破壊力があると一人納得してしまった。
金井は背後から聞こえてくる賑やかな声に唇を固く引き結び、拳を握っていた。
いくら勝ちを得たとしても、自分がしたことが帳消しにならないことくらい分かっている。
中島の言葉が重みを増してのしかかる。
自分が、本当にしたかったことは……
「金井」
名を呼ばれハッと顔を上げる。
一番求めていた…、でも一番恐れていた声。
恐る恐る振り返ると、瓏凪が目の前に立っていた。
「瓏凪…」
こんなに真っ直ぐ目が合うのは、いったいいつぶりだろうか。
罵倒を覚悟し瞼が震えたが、瓏凪は表情を和らげると穏やかに言った。
「最後までハルのそばにいてくれて、ありがとな」
「え…」
思わぬ言葉に息を呑む。
「それから、あの時も。金井のおかげでクラスの奴らは全員無事だった。金井のおかげで俺が背負うものが最小限に抑えられたんだ。ちゃんと礼を言うのが遅くなって、悪かった」
金井は無意識に左腕に残る火傷跡を握りしめていた。
頭は血の巡りを忘れたように白く染まり、呼吸が上手くできずに乱れていく。
…瓏凪の言葉が、あまりにも信じられなくて。
「瓏凪、俺は…」
声を発した途端に、堪え切れず大粒の涙が頬を伝い落ちる。
金井は嗚咽を噛み殺し、懸命に言葉を絞り出した。
「瓏凪、俺、俺こそごめん…。あの時、俺が助けてくれなんて言わなきゃ、そんな怪我を負うこともなかったのに…!」
拭っても拭っても、胸の奥に溜まり続けていた涙が止まらない。
「一人で、行かせてごめん。瓏凪一人に罪を押し付けてごめん…。ごめん、ごめん瓏凪…。うっ…うぅ…」
ハルを利用してでも、成し遂げたかったこと。
本当はただ瓏凪に許して欲しかった。
どうにかして以前のような仲に戻れば、きっと許してくれると思っていた。
でもそれは大きな間違いだ。
どう足掻いても、あの事件を無かったことになんて出来ない。
それなら自分がすべきことは、どれだけ瓏凪に拒絶されても、何度でも何度でもこうして謝ることだったのだ。
懺悔の涙は重く辛かったが、震える肩には温かな手が触れ、「もういいから」と優しい声が降り注いだ。
***
球技大会は今年もあちこちで盛り上がりを見せ、赤とんぼの舞う夕空の中に幕を下ろした。
バスケの試合は各ブロックの頂点同士で最終順位を争う予定であったが、ハルのクラスは棄権。
全員の精神的疲労は濃く、的場やハルの負傷を考慮し、相談して決めたことだ。
当のハルはというと、試合後すぐに越前に引きずられるように保健室へ放り込まれ、頭にアイスノンを押し付けられながらお説教を喰らう羽目になったという。
疲れた体に鬼の仕打ちだが、その後は予定通り寮に集まり、越前心尽くしの手料理を堪能しながらゆっくりと疲れを癒した。
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