*ハルの災難

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時刻はホームルームが始まる八時半手前。 駐輪場を回ってきた瓏凪は、もう一度教室にハルの姿がないか覗き込んだ。 「おかしいな。自転車はあったのに」 反対側から戻ってきた越前も浮かない顔だ。 「いたか?」 「いや、こっちにもいない」 「まさか、ハル…」 瓏凪の瞳に不安が混じる。 越前はそれを打ち消すように友の肩に手を置き、窓の外を見下ろした。 「大丈夫だ。学校にいるなら何処にいても俺が見つけられる」 廊下にチャイムが鳴り響く。 生徒たちは足早に教室に向かうが、二人は頷き合うとその流れに逆走した。 越前が向かったのは、ハルが一人で弁当を食べていた非常階段だった。 開かれたガラスの扉は風を吸い込み、急くように越前たちを外へ引っ張り込んだ。 「瓏、誰も来ないかだけ見ててくれ」 「分かった」 瓏凪が扉を閉めている間に、越前は非常階段の踊り場まで降りた。 コンクリートの壁に背を預け、目を閉じる。 邪魔をしないよう、瓏凪は扉のそばで息を潜めて見守った。 一際大きな葉ずれの音がざわりと耳に届く。 木々の間をすり抜けた風は空へと吹き抜け、後には儚い鳥の声だけが残った。 直後に訪れた、一瞬の静寂。 越前には透けるような静けさがよく似合う。 柔らかな陽の光を纏う姿は絵画の住人のようで、瓏凪は半ば見とれていた。 かかった時間はおよそ一分。 越前の顔色は徐々に悪くなり、耐えきれずに口元を手で覆った。 「…見つけた」 指の隙間から消えそうなほどか細い声がもれる。 瓏凪は慎重に越前に近付いた。 「ハルは、何処にいる?」 「旧校舎の、第一美術室の倉庫だ」 「閉じ込められてるのか?」 「恐らくな」 瓏凪は顔色を変えるとすぐに非常階段を降りた。 旧校舎ならいつもの食堂の先からも繋がっている。 非常口から再び屋内に入ったが、そこで瓏凪の動きが鈍った。 左膝を庇うように壁に手をつく。 「…くそっ」 「(ろう)、無理して走るな」 「悪い、大丈夫だ。それより早く行ってやらないと。ハル、泣いてなかったか?」 越前は何とも言い難い顔で廊下の先を見据えた。 「泣いてはいない。むしろ、歌ってる」 「歌ってる?」 「どうやらそこまで酷い目にはあってないようだな」 「そっか。良かった」 少し膝の痛みが引くとまた歩き出す。 越前の顔色もまだ優れないが、二人は出来るだけ急いで旧校舎へと向かった。
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