*ハルの体質

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ハルが向かったのは、旧校舎の屋上だった。 ここなら瓏凪達に探し当てられることはないだろう。 だが生憎今日は風が強い。 それに弁当を広げるも、食欲は湧かなかった。 手をつけないまま弁当箱をアスファルトの上に置き、代わりにスマホで音楽をかける。 歌詞の意味が分からない洋楽だけは、ハルを心地よい世界へと落としてくれる。 ゲーム、映画、邦楽、テレビ、一つずつ失っていく楽しみの中で、唯一残ったハルの娯楽。 それなのに…。 「なんだろう。ぜんぜん、集中出来ん…」 初めての心境に戸惑い、膝を抱える。 今までトラブルを引き起こす度に、ハルは自分から人と距離を置いた。 それは然程難しいことではなく、寂しくなっても大空に慰めてもらえばそれで良かった。 流れる白い雲を瞳に映しながらぼんやりしていると、軽快な音が洋楽に割り込み流れだした。 「電話?」 画面の表示を見て一つ鼓動が音を立てる。 越前だ。 無視をしようと目を逸らしたが、やっぱりそろりと通話ボタンを横目で見る。 ハルは腹に力を込めると、恐る恐るスマホを持ち上げた。 「…はい」 『ハルか?』 「う、うん」 『今どこにいる?』 「え…」 『外か?』 「外、というか、屋上?」 『そうか』 それだけのやりとりで通話はぶつりと切れた。 あまりにもあっさりとした電話に呆気に取られる。 しかも越前に質問されたら答えるというこの数日の癖で、うっかり居場所を言ってしまった。 「に、逃げなきゃ」 飛んで降りる事はもう出来ない。 広げっぱなしだった弁当を慌てて包み直し、スマホをポケットに入れて立ち上がる。 鉄の扉を目指して駆け出したが、四角く切り取られた磨りガラスに二つの人影が映り、急ブレーキをかけた。 「う、うそ!?何で旧校舎側って分かったの!?」 しかもまるで目星をつけられていたかのように早い。 ハルは回れ右をするとダッシュで扉から離れ、給水塔の裏に滑り込んだ。 「ハル」 聞こえたのは間違いなく瓏凪の声だ。 息を殺しながらどうか見つかりませんようにと両手を組むも、その気配は近付いてくる。 「ハル、いるんだろ?」 声がすぐそばまで来ると、ハルは反対側へ逃げ出した。 「ちょっ、ハル!?なんで逃げるんだよ!」 「ご、ごめん!!でももう俺に構わないで!」 「はぁ!?意味分かんねぇよ!逃げるな!」 「無理!!」 なりふり構わず出口を目指そうとしたが、そこに横から伸ばされた手に抱きとめられた。 「うわっ、え、越前!?」 まんまと捕らえられたハルは取り乱した。 「越前、離して!お願いだから離してよ!」 「ハル、暴れるな」 「話すことなんて何もないから!俺はちょっとおかしくて、変わってて、それでいいから!」 喚いていると、ひんやりとした越前の手がハルのおでこをペンとたたいた。 「落ち着け。誰もそんなこと言ってないだろ」 「え…」 鎮静効果抜群の、冷静で落ち着いた声。 ハルが大人しくなると、後ろから瓏凪がやや足を引きずりながら追いついてきた。 「は、ハルぅ!」 「うわっ、ご、ごめんなさい!」 「許せるか!!お前なんでいっつも越前の言う事だけは素直に聞くんだよ!?」 許せないのはどうやらそこらしい。 文句を言いながらも、汗を拭う瓏凪の息は不自然に上がっていた。 「瓏凪、怪我してるの?」 「ん、あぁ、少し膝が悪いんだ。あんまり走れなくてさ」 「え…、わっ!」 三人の間を突風が駆け抜ける。 越前はハルを離すと瓏凪に手を貸した。 「校舎へ入ろう。ハル、そっち肩貸してやってくれ」 「あ、うん」 知らなかったとはいえ、瓏凪を走らせてしまったのは自分だ。 ハルは越前とは反対側に回ると瓏凪に肩を貸し、三人で屋内へ入った。
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