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昼休みも終える頃、気疲れしてきたハルは早く一日が過ぎることばかり願いながら教室へ戻ってきた。
時間はチャイムの鳴る午後一時のぎりぎり手前。
長く伸びたままのイヤホンを巻きながら歩いていると、ハルの体に衝撃が走った。
「わっ!!」
「…っと、わり」
足元にスマホとイヤホン、それから空の弁当箱が派手な音を立てて落ちる。
危うくハルもその仲間入りになるところだったが、正面からぶつかった人に腕を引かれ踏みとどまった。
「大丈夫か?」
降ってきたのは落ち着いた声と嫌味のない爽やかな香り。
顔を上げたハルは驚きに目を丸くした。
ハルを掴んでいたのはモデル雑誌から抜け出たような華やかな青年だった。
見上げるほど背が高く、手も足も長い。
適度に着崩された制服は質の良いベルトのおかげでお洒落に見えるし、きちんとセットされた黒髪は切れ長の目元を最大限魅力的に引き立てている。
そして左耳に光る小さな赤いピアスが、より一層華やかさを演出していた。
「てげ、かっこいぃ」
「ん?」
「あ、いや。その、なんでも…」
勝手に動いた唇を引き締める。
見惚れそうになった目を泳がせていると、今度は後ろから別の声がかかった。
「これ、落としたぞ」
凛とした涼やかな声音に振り返ると、今度はとても理知的な瞳をした青年がハルの落とし物を差し出していた。
制服は正しく着こなされ、ブレザーの左襟には特進科のみが渡される緑色の石で出来た校章が光っている。
藍色がかった髪は艶めき、鼻筋も唇の形も人が理想とする曲線で整い、きめ細かい肌などは甘い香りが匂い立つようだ。
決して派手ではないが、「素材がいい」とはこの事なのだろう。
「いや、あの、ありがとう…」
礼を言いイヤホンが絡まったままのスマホと弁当箱を受け取る。
僅かに二人の指先が触れた途端、ハルの視界が急にぶれた。
「え…」
突然雲の中へ突っ込んだかのように頭の中が真っ白に覆われ、身体中の血管に痺れが走る。
それは相手も同じだったようで、揃って手を引いた。
「おっと」
再び落ちそうだった弁当箱を横から支えたのは、ハルとぶつかった華やかな青年だ。
「なんだよ二人とも。どうかしたのか?」
ハルはぶんぶんと首を横に振ると急いで二人から離れた。
頭の芯に残る、不可思議な感触。
これは…。
席につき眉を寄せながら握った手を開く。
鮮烈な印象を残した二人を振り返ろうとしたところで、ハルの頭上から強制的に時間を区切るチャイムの音が鳴り響いた。
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