*二学期、スタート!

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昼食の片付けを終えると、午後からは勿論勉強の続きだ。 ハルは終始唸りながら取り組んでいたが、時計の短針が四を指すとついに限界を迎えた。 「えちぜーん!!なんで受験生でもテスト前でもないのに、俺はこんなに頑張ってるんですかー!?」 越前は勉強の時だけかける黒ぶち眼鏡を外し、参考書を置いた。 「ハルがそう言ったからだろ」 「そうでございますが!俺はもう十二分にやったのではないでしょうかー!?」 鳥の巣頭はかなり沸騰しているようだ。 発狂したハルと時計を見比べ、越前は軽く伸びをした。 「まぁ、朝から始めたからな」 「じゃあ…!」 「休憩にしよう」 ハルはきゅうと悲鳴をあげて机の上に溶けた。 「終了じゃなくて?」 「今日は夜までするんだろ」 厳しい。 本気で厳しい。 ハルはあまりにも平然とする越前に、恐ろしい事実に気がついてしまった。 「もしかして、これが越前の日常なの…?」 グラスに水を注ぐ音に混じり「そうだけど」と肯首が返る。 ハルは勢いよく机に両手をつき立ち上がった。 「駄目だ!!越前、俺はそれだけじゃ駄目だと思う!人生はもっと!謳歌するためにあると思いませんか!?」 越前から受け取った水を一息に飲み干すと、ハルはグラスを突き返しながら眉をつり上げた。 「今日は頑張る!でも明日は遊ぼう!」 「遊ぶ?何して?」 「えっ」 越前は本気で首を傾げている。 ハルは腕を組み頭を捻った。 越前と遊ぶ、とは。 市民プール…なんて絶対来てくれないだろう。 カラオケやゲームセンター、ショッピングなどは(ハルの金銭的にも)論外だ。 体質上レンタルで借りた映画を見ることも出来ない。 散歩に出かけるにしても、この暑さじゃ二人揃ってへばるのは目に見えている。 ハルは勉強中より真剣に唸ったが、ふとカウンターに起きっぱなしにしていたスマホに目が止まった。 「あ…。そっか。そうだ!」 カメレオンアプリをひと撫ですると目を輝かせて振り返る。 「越前、明日は空の散歩へ行こう!」 越前は洗っていたグラスを落としそうになった。 「なんだって?」 「この前は夜だったし、すぐに降りちゃったしさ!」 越前にあの青い故郷を堪能してもらえるなんて、これ以上嬉しいことはない。 しかもどれだけ外が灼熱でも、カメレオンアプリさえ発動させていれば快適さは保証されている。 最高の閃きだったが、越前はタオルで手を拭いながら難色を示した。 「ハル、そういう特殊な力は遊びで使うな。日常との差が曖昧になると人前でうっかり飛んで大騒ぎになるぞ」 「そ、それは…」 「それに空では何が起きるか分からないんだ。もしハルの手が離れるようなことがあれば、俺は落ちることしか出来ないんだからな」 「んん…」 正論すぎてぐぅの音も出ない。 だがここでへこたれないのが雑草上等平民クオリティだ。 ハルは人差し指をびしりと突き立てた。 「一回だけ!」 「…は?」 「遊びで一緒に空へ行くのは一回だけにする!それにこの前寮の倉庫にロープみたいなのがあったから、それで俺と越前を繋ぐ!それなら絶対越前を落としたりしない!…だから」 スマホを握りしめた手に力が入る。 「一緒に、行こうよ」 青く広がるハルの心の空。 でもその中に存在するのは、ハル自身も自覚のない孤独な少年(ハル)が一人だけ。 しまった越前は否定しかけた言葉を飲み、しばらく考え込んだ。 「…分かった」 「え?」 「ただし、本当に今回だけだからな」 ハルは目を大きくするとパッと笑顔を咲かせた。 「や、やったぁ!!」 両手を広げるハルをひょいと避け、越前はテーブルの前に座り直した。 「今日はまだ終わってないぞ」 「う、は、はい…」 これが終われば越前と空。 これが終われば越前と空……! ハルはその一念で何とか奮起し、大して美味しくできなかったカレー(水の分量が多かった)を食べてからも、力尽きるまで教科書に齧り付いた。
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