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 「今どこにいるー?元気にしている?久しぶりに、お茶しよー!」 長谷川奈津美は、高校時代に親しかった佐野百合にLINEしようとした。しかし、そのメッセージを送信せずに、スマホを閉じた。  もう4月だというのに、まだ少し肌寒い。奈津美は、出張で来ていた旭川の自然を眺めながら感じた。 (東京に帰れば、少しは暖かくなるだろうか。) ふと足元を見ると、花の芽のようなものが見えた。寒くても咲こうとする植物は凄いなと、しみじみと感じた。 奈津美はそう思いながら勤めている石田建築事務所の上司でもあり、社長である石田麻子に声をかけた。 「石田さん、東京への便何時でしたっけ?」 「なっちゃん、そんなに東京に帰りたい?」 石田は嫌味っぽく言ってみたという顔をして、笑いながら続けた。 「15:00出発の便よ。もしかしたら、神田さんの案件が長引くかもしれないから、私は後の便になるかもしれないわ。」 「そしたら、便を変える手続きとかしましょうか。」 「大丈夫よ。自分で出来るわ。お気遣いありがとう。それと、さっきなっちゃんが見ていた花、あれ蝦夷菊の花よ。アスターとも言うらしいけど、蝦夷菊ってかっこよくない?」 石田は、笑顔で答えた。石田は、40歳とは思えないパワフルさと美しさ、優しい人間性、謙虚さがある。そんな石田は、新卒であり、社会経験の少ない奈津美を「なっちゃん」と呼び、可愛がってくれている。その振る舞いに奈津美は、人間的にも、上司としても、慕っている。 今日の案件の神田というご婦人は、石田の姉の友人であった。50歳を目前とし、独身を満喫するために旭川に家を建てたいという。その土地の下見に石田と奈津美は旭川を訪れた。神田は、もともとがお嬢様育ちであったことと、画家としてそれなりな地位を築いたことから、金銭面にも余裕があり、予算は上限なしで神田の思うがままの建築を望んでいるということを、石田の姉が相談を受け、石田の事務所に案件が来たのだった。人生100年時代と言われる今、多様な生き方とともに生活も多様性が求められていると奈津美は、実感した。 (それにしても、ずっと東京で育ったのに、こんな田舎で独身を満喫するなんて出来るものか) 奈津美は、現場にいた石田と神田に声をかけた。 「すみません、ホテルに荷物があるので少し早いですがお先に失礼します。」 奈津美は軽い会釈をしながら言った。 「なっちゃん、お疲れ様!東京でゆっくりね!」 「なっちゃん、遠くまで悪かったわね。また事務所お伺いするわね。」 石田に続けて、神田が返事をしてくれた。神田は遠くのほうにいたが、笑顔で返してくれた。のが分かった。  旭川空港に到着した。予定より早く着いてしまったが、遅れるよりましだ。そう思いながら、奈津美は搭乗口へ向かった。久しぶりに、1人で飛行機に乗る。いつもは、石田と2人か奈津美の彼氏である仲村功と2人だった。そのため、1人での飛行機は新鮮な気持ちだった。それと同時に、百合と北海道旅行に来たことを思い出した。そして今日も百合へLINEを送れなかったことを後悔した。  奈津美と百合は、高校時代の「親友」であった。百合は、おとなしく、成績優秀で奈津美とは真逆なタイプだが、お互い自分のもっていないものを持っていることから、仲良くなった。しかし、最近はなかなか連絡を取っていない。正確には、連絡を取らないのだ。きっかけは、一昨年の成人式から2週間ほど経ち、2人で食事をした時のことだった。百合はもともと目立つことを嫌い、高校で集まる成人式にも顔を出さなかった。しかし、奈津美はせっかくハタチになったのだから、百合に会いたいと思い、成人式から2週間後に食事の約束をした。 「よっ!久しぶり。」 奈津美が百合に声をかけると、百合の目が少しびっくりしたように見えた。 「久しぶり。奈津美ちゃんも元気そうで。」 百合は目をにっこりさせて言った。百合は奈津美のことを「奈津美ちゃん」と、出会ったころから変わらず呼び続けている。奈津美はそれに対して違和感はなく、むしろ以前から自分たちの関係に変わりはない気持ちがして、嬉しかった。早速、奈津美が予約をしていたイタリアンレストランへ入店した。コース料理を予約していたが、飲み物は当日注文するというものだった。せっかくハタチになったのだから、お酒を飲みながら昔のことを話したいと考えていた。 「赤ワインにする?それとも、カクテル系にする?」 「お酒飲むの?そっか、んー、なんでもいいよ。」 その返事に奈津美は驚いた。昔から、百合の親がお酒好きなことから、百合もお酒が得意なほうだと思っていた。さらに、百合の「なんでもいいよ」は、「あまり望まない」を意味するのだった。 「じゃあ、今日は烏龍茶とかにする?」 (本当は、赤ワインを飲みたかったな。家に帰ってから飲もう。) 「そうだね。私、オレンジジュースかな。」 百合がそう答えると、ちょうど店員がこちらに来た。 「お飲み物のほう、お決まりでしょうか。」 店員は、笑顔でやってきた。 「オレンジジュースと、烏龍茶で。」 「あ、はい。オレンジジュースと烏龍茶1点ずつで。かしこまりました。少々お待ちください。」 店員は、私たちがソフトドリンクを頼んだことに驚いていた。無理もない。このイタリアンレストランは、様々な赤ワインをそろえているお店なのだ。奈津美は、半分赤ワイン目当てでこのお店を選んでいた。 「ねえ、あの店員さん見た?片耳ピアス2個空いてたね。男なのに珍しい。」 (男女関係なく、ピアスはしていいはずだ。) 奈津美は思ったことは口に出さず、高校の頃の話題に変えた。  食事がデザートに差し掛かるまで、大いに盛り上がった。そして、最近のお互いの恋愛事情の話へとなった。奈津美は、1年ほど付き合っている功の話をした。一方、百合は美しい美貌を持っているにも関わらず、彼氏はいないとのこと。 「奈津美ちゃんは、二重で可愛いじゃん。きっと彼氏も、自慢の彼女でしょ!」 奈津美は、確かに美人なほうだ。しかし、百合の美貌に憧れていた。奈津美は可愛いだけで、百合にはどこかミステリアスを感じさせる美しさがあるのだ。それは百合の一重の目なのか、サラサラした黒髪なのか、奈津美には検討がつかなかった。 「そういえば、百合のこと高校で好きだった川原いたじゃん。川原、成人式で会ったら、百合のこと忘れられなくて、彼女いないらしいよ。」 川原は、高校3年生の時、百合との食事の機会を設けてほしいと奈津美に願うほど百合に一目惚れしていた。奈津美はその場を一応は作ったものの、百合が調子が乗らないことは分かっていた。その場に2人きりというのは、いくらなんでも川原が可哀想だ。そう思い、奈津美と百合と共に仲良しの土井夏帆を盛り上げ役にいれた。当時どんな話があったのかは知らなかったが、川原は百合のことを諦めたように他の女子と仲良くなった。 「実はさ、私あの時、彼氏いたんだよね。」 (え?だったらなぜ川原と会ったの?駄目元でも、百合と話す機会を望んだ川原が可哀想。そもそも、私たちは親友なのに何故言ってくれなかったのか。) 奈津美は唖然とした。すると、百合が続けて言った。 「塾の人で。私、告白されたら断れなくて。」 (そんな考えなら、川原が可哀想という発想にはならなかったのか。) 「え。初めて聞いたよ。そうだったんだ。そっか。」 奈津美は、この場の雰囲気を悪くしたく、そのまま流した。それと同時に、奈津美は自分が百合にとっての1番の親友ではない気がした。お互いの全てを知り合ってると思っていた。今までの自分たちの関係は親友だったかが分からなくなった。それ以来、奈津美は百合に連絡することはなかった。百合も自分から連絡するタイプではないため、それ以来会うことはなかった。  機内アナウンスが流れた。あっという間に、羽田に着いたみたいだ。奈津美は、一昨年の百合を思い出し、知らないうちに涙が出ていた。本当の親友とは何なのだろうか。急に、世界に独りぼっちな気持ちになり、功に連絡をした。
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