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 美術はよく分からない。これがアートと言えば、アートだが、ただのオブジェと言えば、オブジェだ。"女性現代アート展"と題された女性をコンセプトにした現代アートの展示に百合は夏帆との付き合いで来ていた。展示を見終わり、ギャラリーに併設されているカフェで百合と夏帆はお茶をすることになった。 「展示の最初にあった作品が1番よく分からなかった!」 夏帆が展示をみて最初に言った言葉だった。話を聞くと、夏帆が親戚から譲り受けたチケットだったという。 「やっぱそうよね、私も全然分からなかった。」 百合は夏帆に誘われた手前、「分からなかった」という感想を言っていいか迷っていたため、少し安心した。 「こういうのはさ、奈津美とかには分かるけど、うちらには意味分からなくない?」 百合はその言葉に、奈津美の存在を思い出した。成人式のあとに食事をしてから、音沙汰がない。いつもなら奈津美から連絡が来るはずななに、あれから一切連絡がこない。なにか悪いことでもしてしまったのか。そう思いながら、百合はアイスティーを手に取った。 「てか、奈津美、建築事務所に就職したみたいねー。すごい楽しそうなんだよ。ほら、今なんて旭川だって。自然感じたいわー。私も”楽しい”を重視して会社選べば良かったかなー。」 夏帆は奈津美のインスタを見ながら言った。夏帆は、奈津美とは違う大学だが建築学部に在学し、現在は大手不動産に就職した。夏帆自身は、小さい建築事務所で建築設計をしたかったが、夏帆の家系は皆大手企業に就職していた。そのため、夏帆もそのプレッシャーに負け、大手企業への就職を決めたのだ。 「百合もさ、そろそろ就活でしょ?インターンとかしてるの?大変でしょー?」 「うん、そろそろね。インターンどの企業に行くか迷ってて。」 百合は、大学で理工学部に在学し、特に目標がなかったため、とりあえず同じ大学の大学院へ進学した。もともとは、医学部へ行きたかったのだが、どこの医学部からも不合格をもらい、渋々理工学部へ進学したのだ。 「そういえば、百合の叔父さん大手金融企業で結構良い立場なんでしょ。ちょっとコネ使っちゃえば?」 夏帆は遠くに目をやり、言った。実際、夏帆も就活には親のコネを使って入社した。しかし、一族の誰かが就活するたびに、いくら親戚同士仲が悪くても手を組むのを毎年見ていたことから、罪悪感はほとんどなかった。 「んー、私叔父さん苦手なんだよね。お堅い感じが、ストレスっていうか。」 母方の叔父、荒井和志は非常に厳格な人間だ。さらに、百合の母が百合を早くに産んだことに対して見下すように、毎度母に言ってくる。叔父が母に話す際の口癖は「早くに子供産んでるから、社会のことなんて分からないよな。」だ。それだけではなく、叔父の子供である裕之は百合より年下であるにも関わらず、いつも百合のことを見下した目で見ていた。 「でも、頼れるのはやっぱ血の繋がりだよ。就活で友達と仲良くなるとかあるけど、どっちかにお祈りメール来たら、関係悪化だよ?」 百合は、少し黙り込んだ。 (母に相談して、叔父にお願いしてみるか。裕之に馬鹿にされても仕方ない。) 「叔父さんに連絡してみるよ。」 そう言って、百合は早速母へ相談してみることにした。  ギャラリーのカフェを後にし、夏帆と小さな居酒屋で食事をすることになった。百合にとって夏帆は、大企業家系にも関わらず、誰にも平等に接する生き上手な人間だ。だからこそ、色んな相談ができる。 「えーと、百合は飲めないんだよね。飲んだ方が楽しいのにー。まいいや、私は生で!」 続けて百合も言った。 「私は、烏龍茶で。」 その後、夏帆が適当につまみを頼んでくれた。2人とも、カフェで食べたサンドウィッチがお腹にたまって、そんなにお腹は空いてなかったため、適当に食べることにした。 「ねえねえ、金子とは連絡とっているの?」 夏帆がニヤニヤしながら言って続けた。 「高校の頃、塾の金子に告白されて付き合ったって言ってたじゃん。」 百合は完全に忘れていた。百合にとって恋愛は、「面倒くさい」に尽きるもので、それよりも勉強に集中したいというタイプだ。 「もう連絡とってないよ。夏帆こそ、いい彼氏がいるんじゃないの?」 百合は自分の恋愛の話を他人にしたくなく、話をそらした。 「話をそらそうとしても無駄よ。成人式の時なんて、川原が百合とまだ連絡とってるか聞かれたんだからね!奈津美も川原とお似合いだって言ってたじゃん!それに、あの時川原と思ってたより盛り上がってたよ。」 (話をそらしたのバレたか。奈津美ちゃんに続き、夏帆も恋愛の話好きだなあ。) 「今はほら、就活忙しいし。恋愛は落ち着いたらかなあ。」 百合は少し頬を上げて言った。高校の時、奈津美が川原と百合をくっつけようとしたのは、今でも覚えている。川原は百合にとって良くも悪くもない異性だった。しかし、当時百合は塾の金子と付き合っていた。金子も良くも悪くもない異性だったが、告白を断れない百合は金子と付き合うことにしたのだった。そのことは同じ塾の夏帆にだけ話していた。奈津美にも話そうと思ったが、川原を推してくる感じと、奈津美がおしゃべりなグループの人と仲がいいことから話すのを辞めた。そこで渋々、川原に会うだけ会った。2人だと気まずいからと、夏帆を入れてくれたところに奈津美の優しさを感じた。 その後、夏帆がお手洗いに行き、川原と2人きりになったところを金子に見られたことで、すぐに別れ話が始まった。金子は短期な男だった。おそらく、夏帆は金子のことを少しは好きだっただろう。だが、金子と付き合ったところでいいことはないと思い、夏帆に百合はしばらく金子とは続いていると話していた。  つまみも段々少なくなってきた。夏帆は、つまみのメニューをとりながら百合に聞いた。 「百合、なんでお酒飲まないの?本気で。就職したら、嫌でも飲まないといけない時とかあるよ。付き合いとか大事だし。」 夏帆はメニューを見ながら言った。 「飲むの怖いじゃん。苦手っていうか、飲んで本性が出たら嫌じゃん。人間関係面倒になりそうていうか。」 夏帆はそれを聞いて、喉仏が見えるのではないかというほどに笑った。 「え?それって百合の本性、私が知らないと思ってるってこと?もう十分知ってるから、安心して。どんな悪態つかれても、平気だから。」 百合は目を丸くした。 「お酒は、気が許せる人と飲むようにしたら?そしたら、相手だってどんな悪態つかれても平気だし、人間関係悪化なんてないから。」 夏帆は優しく言った。夏帆はそんな理由でお酒を飲まないなんて勿体ないと思った。 「そしたら、優しいの飲もうかな。カシスオレンジ?飲んでみようかな。前から気になってたんだよね。」 「いいじゃん!飲もう飲もう!」 勢いで、百合はカシスオレンジを頼み、つまみと一緒に飲んだ。 「そんなにお酒って感じがしないじゃん!なんで飲まなかったんだろうー!」 百合は笑いながら夏帆に言った。と同時に、成人式のあとに奈津美とお酒を飲まなかったことを少し後悔した。  8月の終わり、叔父さんから大手金融企業のインターンの誘いがきた。コネを使った罪悪感とともに、インターンを始めた。インターン先は、優しい人だらけだった。実際は、叔父からのコネの人間だから周りも優しくしていたが、それを承知の上で、百合はこの会社を落ち着く場所だと感じた。 (表向きだけで生活するのもお金のためなら悪くない。むしろ、相手に深堀りされずに安心する。) 蝉の鳴き声あまり聞こえなくなってきた。夏も終わりそうだ。
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