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秩序軋むプロローグ
名門進学校、山風女子学園。
そのとある教室にて、異変は起きていた。放課後だというのに前後のドアが閉め切られ、曇りガラスを使用しているために、廊下側からでは中を覗くこともできない。
閉め切られた室内には、果たして、異様な光景が広がっている。
「ふ、ふ、ふふ……」
低くくぐもった笑声を漏らすのは、教壇に立つ髪の長い少女だ。室内の様子を見回し、満足げに顔をほころばせている。
教室内の椅子は、掃除のために後ろへと寄せられていた。
広くなった前半分の床に、十名弱の女子生徒たちが倒れこんでいる。
「ん、んん……」
女子たちの多くは二人以上の塊となって、重なり合っていた。上から覆いかぶさる側は、下になっている方の身体の各所、鎖骨や首筋、頬……。あるいは唇や、めくり上げた制服から覗く生白い腹や胸などに、口づけを繰り返している。
三人以上の場合は、一人を座らせ、前後で挟み撃ちにするように囲んでいる者らもいた。服は乱れ、裾は土埃で汚れているというのに、構わずに互いを求めあう。
「あ、ああ……ん。やめて、ってばあ」
責められる側は一応抵抗のそぶりは見せるが、むしろ弱々しく心地よさそうな声を返すばかりで、心底の嫌悪を感じさせない。突き出そうとした腕を軽くいなされながら、かえって悦んでさえいる。
時に一部のグループが盛り上がりだすと、他のグループが注目し、一部が「交流」し始めたりする。
「ら、乱交は邪道なんだけど……。なんだけどっ……! せっかくこんな力を手に入れたからには、か、解釈違いでも試してみたい所存っ!!」
少女、リリーは目元にかかる髪の合間から、興奮したような目つきをさらしだす。先日与えられた「力」に、彼女は陶酔していたのだった。
リリーこと出羽友理奈は、悪の組織≪カオスクランチ≫によって、悪しき心を引き出す宝玉「ジュエルデバイス」を埋め込まれていた。
これによって彼女は怪人「超少女」として覚醒。己の欲望からいずる力を存分にふるい、世界を混沌へと陥れようとしていた。
「こ、ここ数日試してみたけど、やっぱり最高すぎる。今じゃ、ギリギリ教室一個支配できるし……。もっと、もっとこのまま、教室なんてレベルじゃなく、建物とか、町とか……ううん、世界中まで『花園』にっ」
情動と熱気のこもった戯言を、リリーが叫んだ時のことだ。
「お待ちなさい!」
毅然とした声が、廊下から室内へと響き渡った。その直後、閉ざされていた教室のドアが豪快に倒される。
「な、馬鹿な、私の『プライベートな結界』が……!」
この教室には、リリーによる独自の結界が張られていた。
必要条件が揃わずに「弱まっていた」自覚はあれど、それでもただの人間で破壊できる代物ではない。
入ってきたのは、三つの人影。三人の髪や服はそれぞれ、色の三原色を明るくしたようなイメージカラーをしている。フリルの多いその服装には、リリーも見覚えがあった。
「そこまでだよ、超少女さん」
三人のうち、明るいピンク髪をした少女が話しかけてくる。
手には可愛らしい装飾のついた、猟銃のような武器を構えていた。
「ま、まさか、『星姫三銃士テレストライアル』!?」
≪カオスクランチ≫が起こした事件を解決して回る、三人の少女たちだ。
星の力を受けた魔法銃「星銃」によって、ジュエルデバイスから生み出される力に抗うことができる……のみならず、三人が力を合わせることで、超少女を元の人間に戻してしまえるのだ。
興奮したリリーが、黄色い声でまくし立てる。
「『未確認でも非行はダメです! 混沌にはトコトン、ずぎゅんと風穴あけちゃうぞ!』の、あの?! 本物の!?」
「き、キメ台詞、先に全部言われちゃった!?」
三人の中心であるピンク髪の少女、テレストライアル・ヴァルカンが叫ぶ。激しくショックを受けている様子だ。
「あ……」
やってしまった、とばかりに蒼白になったリリーだったが、即座に口を開く。
「何よいきなりあんたたち勝手に乗り込んできたのはそっちじゃないのー……!!」
早口で繰り出されたのは、「お約束のセリフ」というやつだ。
多くの場合、結界に割って入られたり、悪事を突然邪魔された時に自然と発されるものなのだが、リリーは画期的な独自の調査方法によっておおよそのパターンを理解していた。
「み……未確認でも非行はダメです、混沌にはトコトン、ずぎゅんと風穴開けちゃうぞー……! ぞー……ぞー」
ヴァルカンが大急ぎでセリフを返しつつ、ポーズ(天に向かって空砲を撃ち、その直後に銃を器用に回し、最後に相手に向けてみる一連の動作)を決める。
ただし、先に言われてしまったことで調子が狂い、末尾ではわざとらしくエコーをかける始末だ。
残る二人、それぞれ青と黄色のイメージカラーをしたアレースとウェヌスが、ぱちぱちと適当な拍手を返した。
「はい、お約束ありがとうなー」
「毎回いりますの、このくだり?」
「「絶対いる!」」
呆れて冷めきったような二人とは対照的に、ヴァルカンとリリーが同時に激しく叫ぶ。ヴァルカンの形式重視主義は、結成から約半年を経た現在にあっても、残る二人を説得するには至っていない。
ウェヌスは溜息をついてから、続けて疑問を口にした。
「というか、なぜユーバーガールがこんなことを知ってますの? 毎度倒していますし、見た人々の記憶には基本的に残りませんし、彼女たちに横のつながりはほぼないのでは?」
「そういえば……」
いぶかる三人に対し、リリーは鼻息を荒くする。
「こ、個人的な大ファンです……っ!」
「え、ほんと?」
「は、はい、というか、やっぱり記憶処理とかあったんですかっ? いつもいいところで見たような見てないような感覚になって……写真はあるのに、色々あやふやで」
「『記憶処理を自覚できる』レベルってすごいな……。一度や二度巻き込まれた、ってだけじゃ絶対無理だし」
アレースがつぶやいた後、ヴァルカンが相手へと問う。
「ええ? そんなに見てたの?」
「も、もう、それはもう! 毎回欠かさず! す、好きすぎてグッズも自作・一部は即売会で販売もしてます。まず、Tシャツとブロマイドと、フィギュア……最近はワンランク上の造形美を追求すべく、専門学校の学校説明会や交流会にも顔を出し……」
リリーは足元のカバンから、次々とグッズを取り出し、並べ始める。
どれも各人それぞれのものと、二人ずつの組み合わせ、三人そろっているものなどのバリエーションがある。
素人である三人の目からしても、それらはすべて一定のクオリティを保っているように見受けられた。
「わあ、かわいい! これ自作!? すごいなあ、器用なんだね!」
「う、あ、ありがとうございますっ」
ヴァルカンが無邪気にグッズを手に取ってほめると、リリーが照れたようにうつむく。ユーバーガールと戦う前に会話をすることはいつものことだが、平穏な雰囲気で意思疎通ができているのは珍しい。
しばらく黙っていたスレンダーなアレースが、とある事実に気が付いた。
「……ん? いや待て、おかしいぞ。それってまずいだろ?」
が、ヴァルカンたちの耳には入っていない。
「さ、サインもらえますか? こ、こんな機会、めったにないので」
「しょうがないなあ、特別だよー?」
「待て、待て待て!」
呑気にグッズにサインを(なぜか自前のサインペンで)しようとしたヴァルカンを、アレースが止める。
同じく黙していたウェヌスが、自らの映ったブロマイドを指さした。
「……時にあなた、肖像権ってご存じ?」
ブロマイド内の彼女たちは、ほとんどが戦闘時の凛とした表情なのだ。当然、戦闘中に写真を撮られた記憶など三人にはない。
「その写真、どう見ても隠し撮りのようですけれど?」
すると、指摘されたリリーがにわかに取り乱しだす。
「ぐええええ、しょ、しょうぞうけん、ナマモノ二次創作の天敵! ほ、滅ぶべし秩序!!」
「……よーし、『根っからの悪い奴』ではないかもしれないけど、じゅーぶんに悪いことはしているな。認識もばっちりねじれてる。いつも通り、おしおきが必要だ」
サインを中断したヴァルカンとともに距離を取りつつ、好戦的なアレースが拳を鳴らす。
三人の中では穏健なヴァルカンも、これには同意せざるをえなかったようだ。
「悪いことをしているのにわかってないこの感じ、やっぱり、ジュエルデバイスのせいだね!」
「……本当にそうですの? 叩いて出る埃の量が、目に見えるようなのですけれど」
「き、きっとそうです、私個人はなにも悪いことしてないのでっ」
グッズ制作などずっと前からやってきたが、もちろんリリーは口にしない。
ヴァルカン以外の二人は、薄々勘付いていなくもない。が、あくまでもジュエルデバイスのせいとして片付けることにしたのだった。
「さて、時間をかけるのも面倒ですので、さっそく……」
ウェヌスがやにわに自分の得物を構える。
華美な装飾の施されたガトリング砲だ。テレストライアルの各々が持つ固有武器の中でもひときわ大きく、外見だけで見る者を圧倒する。細腕で携えるにはリアリティがないほどなのだが、物理法則を超越したテレストライアルを前に、そのような常識は道を譲ってしまう。
ただ一つ、「敵への破壊力」に関してはそれなりにリアルなものではあったし、もちろん大ファンであるリリーはそのことを重々承知していた。
興奮していた彼女もさすがに、全身の血の気が引いていく。
「わ、わわ、私はな、なにもしません……ただ、見ているだけ。そう、ユーバーガールとしては比較的無害、人畜無害で、無垢な個体なのですっ。ボスとか幹部とか危険な奴を先に片付けて、私みたいな雑魚は後回しにしてほしいのですっ! ぐ、具体的には伏線回収に困って一コマとかであっさり、みたいな……」
「なにもしない? 人畜無害? 嘘おっしゃい、どう見てもなにか仕掛けていますわ!」
ここでようやく、ウェヌスが室内で絡み合う少女たちを示した。
そういえば忘れかけてたなあ、とそちらを見たヴァルカンとアレース。
「……うわあ、ネットリと」
「ひゃ、ひゃあ、あ、あんなところまで……?」
アレースは引いたような声を出しつつも、まじまじと観察している。ヴァルカンは赤面し、両手で顔を隠しながらも、やはり指の隙間からじっくりと見ていた。
室内の少女たちは乱していた服をさらにはだけさせ、一部はついに下着すらも脱ぎ、あるいは脱がせていた。
ヴァルカンが視界にとらえた三人組に関しては、秘所に攻め手の指が入り込み、受け入れる側は反応しつつも、大きな抵抗を見せないありさまだ。
キスでさえもより深く、よりねばついたものとなり。吸い付くという次元を超え、じゅぼじゅぼと下品な音を立てている組すらある。
「この品のない欲望丸出しの光景を作っておいて、自分は無罪、無実だと言うつもりですの?」
「品がないかどうかはさておき! け、結界を張って、『その気にさせた』だけで、特に悪いことは何も……! 強制も洗脳も邪道外道、天狗道! 教室を覆う結界、極度にムラムラした少女たち、なにも起きないはずがなく……という論法なので、全然、これっぽっちも、私はなにもしてません。本当に、一銭も儲けてなければ、だれも傷つけてませんっ! グッズの収益は、全部、次のグッズ制作の礎にですねっ?」
長々とした言い訳を吐き続けるリリーだが、相手の反応は芳しくない。続ければ続けるほど、軽蔑したような視線を返されるばかり。
「じゃあ、いっか!」
そう朗らかに返事をしたアレースに、リリーは一瞬顔を明るくする。
が、そちらの方もまた、直後に声のトーンを落とした。
「……ってなると思ってんの、本気で? 浄化以外に医者も必要なのか?」
「な、生ノリツッコミっ、からのドライな罵倒!! あ、ありがとうございます!」
しかしリリーはめげない。彼女にとっては、(偏)愛する彼女たちに相手にされるだけでも心を震わされる体験なのだ。
あまりの動じなさに調子を狂わせられながらも、テレストライアルの三人は臨戦態勢となった。構えられる、各々のライフル銃、ガトリング銃、そして二丁拳銃。
もちろん、実際の戦闘となると、さすがのファン精神も動揺を隠せない。
「う、うう……私、せ、戦闘能力なんてないのにぃ!」
「なら、さっさとジュエルデバイスを差出しなさい。体内にアレが長く入っていると、能力があなた自身を苦しめかねませんわ。所詮、人ならざる危険な力なのですから」
いささか高圧的ではありながらも、ウェヌスの警告は本心からのものだった。
≪カオスクランチ≫は厳密には、ユーバーガールたちを構成員としているわけではない。実態や全貌は謎に包まれていながらも、「秩序の転覆」を主目的としており、彼女たちの「暴走による混沌」を欲しているのみだ。
そのため、長期間ジュエルデバイスを用いていると、制御不能になった能力でユーバーガール自らも巻き込まれる可能性が高い。
多くのユーバーガールは自覚していない。自らが戦闘員どころか、使い捨ての駒以上の存在ではないという事実を。
「ま、まだですっ、まだ終われませんよっ!」
ウェヌスの警告に対し、リリーは髪を振り乱しておおいに猛る。
「無限の『花園』が待っているっ、百合に薔薇、さらにNLもっ! すでに、老若男女全範囲が射程圏内っ! 同担拒否たる夢でガチなこだわりという殻を捨て、私は新次元に脱皮しつつある! さなぎを破り、絶好調に月までバタフライハイ!」
「およそ意味不明ですが……。あくまで、人ならざる力を捨てないと?」
対峙する相手の冷たい詰問にさえ、リリーは屹然と応じる。
「妄想を現実にするのはいつだって、人間の努力ですっ! そのための手段や方法ななんて、あとから時代が評価すればいい! 私は私の信じる道を行くっ!! 全力で突き抜ければ、虚妄や空言だって未来を切り開けるっ!! たぶん!」
ウェヌス以外のテレストライアルは、その勢いに気圧され気味になっていた。
「なんかすげえいいことを、とんでもない文脈で言ってないか……」
「くやしいけど、ちょっとカッコよく思えちゃった……」
リリーの発する独自の威圧感は、これまで三人が戦ってきた者たちにはないものだ。特に、戦闘力がないのに信念のために戦うという姿勢は、強烈に主人公チックな情熱を醸し出していた。(実情はさておき)
「そう、ならば」
美麗な装飾の施されたガトリング砲が、リリーに向けられる。
銃身がゆっくりと回転を始め、リリーは短く悲鳴を上げた。彼女が恰好をつけてみたところで、戦力がないのでは一方的に蹂躙されるだけだ。
しかし逃げようにも、反対側に相手のいる教壇上では、リリーの動ける範囲は限られている。あいにく、机は後ろに寄せてしまっていた。
「安心なさって。テレストライアルの星銃が打ち抜くのは、悪しき混沌のみ。室内の壁はおろか、人間を傷つけたりはしませんわ。もちろん、あなたのことも」
「し、知ってます。実弾じゃなくて、魔法弾なのも。基本、ジュエルデバイス以外はすり抜けるのも。……知ってますけど、それ、めちゃくちゃ痛いんですよねっ!?」
「まあ、それは……。観察してきた限り、そういった可能性もあるかと」
ウェヌスはごまかしたが、独自の潜伏をしていたリリーはなんども聞いている、悲痛なユーバーガールの絶叫を。特にウェヌスのガトリングが使用された時は、惨憺たるものだった。
それは……下手なホラー映画よりも耳に残る絶叫なのだ。
「後遺症はないので、本当に安心するといいですわ? ……うふふ」
にやり、と金髪のウェヌスがサディスティックな笑みを浮かべる。真面目さゆえに正義のヒロインをやっているだけで、根っこの精神性はむしろ悪の女幹部じゃないか、という分析がリリーの「独自研究」の成果だった。
(まっ、そこも推しポイントなんですがねっ!)
銃身の回転がふいに早まり、ついに無数の弾丸が発射されようとしていた。
(って、そんなこと考えている場合じゃなかった!! し、仕方ない!)
リリーは自身の能力に捕らえていた少女たちと、教室を解放する。そして、一点に力を集中させると、室内にあった掃除用具ロッカーを自身の前へと転送した。
「ふ、そのようなもので、防げると思わないことですわ!」
ウェヌスの銃がついに火を噴いた。
魔法の光弾が、雨あられとリリーへと降り注ぐ。第三者では殺傷力しか感じないだろうが、これらは現実の物質をすり抜けるばかりで、無関係な他者を傷つけることはない。
ただし、それらを操る魔力は破壊できる。
つまり、縦長のロッカーを壊すことなく通り抜け、背後のリリー、さらには彼女の中核にあるジュエルデバイスを粉砕する。
はず、だった。
「な……」
銃撃を始めてすぐに、ウェヌスは気が付いた。
魔法弾のすべてが、縦長のロッカーを前に弾かれているのだ。
「こ、これほどの力が!?」
ウェヌスは狼狽を隠せていない。どう考えても、相手に自分の攻撃を耐えきる実力など感じられなかった。
事実この物体強化は、奥の手というべきか、リリーの緊急時の手段だった。
彼女が願った力の根本は、「好きなシチュエーションの再現」。その妄想を邪魔する存在を排除する、といった「運命操作」の性質をふくんでいる。
有効範囲は極端に狭いため、教室レベルまで拡張とすると強度が落ちるのが難点だが。逆に人間二人が入れるかどうかといった掃除用具入れは、彼女の能力を最大限まで引き出してくれる。
使い方は本来のそれと異なるものの、込められた(無駄に)膨大な魔力は見事にすべての攻撃をはじき返してくれた。
「く、仕方ありません!」
銃撃が止む。
魔法弾とは言え、無限に撃ち続けることはできない。むしろ変身中の魔力を少しずつ削られるので、何も考えず調子に乗っていると戦闘不能になってしまう。当初のテレストライアルたちは、それで窮地におちいったことすらあった。
消耗しきる前に、ウェヌスは止める判断をしたのだ。
「! い、今ですっ!」
その判断を見越していたとばかりに、リリーはロッカーの影から飛び出す。
「あ、お待ちなさい!」
ウェヌスは叫ぶものの、ガトリング砲を再稼働する間に逃げられかねない。破壊力は抜群でも、ふいの動作が彼女には困難なのだ。
しかしほぼ同時に、彼女の背後から仲間のアレースが踊り出た。
「任せろ!」
アレースの二丁拳銃が、逃げ出すリリーを捉えていた。小回りの利く彼女の武器は、相手を即座に抑えることにも長けている。後ろのドアから廊下へと逃げ出すことを想定し、やや照準を修正しつつ……。
ところが、直後にリリーが予想外の行動に出る。向かったのは、廊下側とは反対方向。
「っていやっ!」
リリーは一切の躊躇なく校庭側の窓へと体当たりをかまし、破られたガラスの中を突き抜け、空中へと飛び出したのだ。
「えっ!?」
驚きのあまり、アレースは攻撃を中断してしまう。
なお、ここは校舎の四階。
当然、通常の人間では無事で済むはずがない。だが、ユーバーガールならば可能かもしれない。まして、あれほど強い意志のある個体ならば。
「なにをやってますの、すぐに追撃を!」
ウェヌスに叫ばれ、ハッとした頃には、すでにリリーの姿は窓の下へと消えてしまっていた。
「大丈夫、なら私が!」
ライフル銃であれば、まだ届きうる。
そう考えたヴァルカンは、割れた窓ガラスへと走っていき、そこから校庭周辺にいるはずの敵を探し始める。
「あ、あれ!? いないよ!」
だが、視界のどこにもリリーの姿はない。
「そんな、あの一瞬でど、どこに……!?」
三人は大急ぎで逃したユーバーガールの姿を追う。
手分けをして、教室という教室を探し回り、廊下という廊下を確認し。校庭に痕跡がないかも確認したが、すべてが無駄だった。
「……逃げられた、か」
三人が校庭に再集合すると、アレースが苦々しそうにつぶやいた。
「でも、反応自体は学校から消えてませんわね。しかもかなり近い気がしますわ。生徒の一人だった、ということで確定でしょう」
「うーん。……もしかして、出羽さんかなー?」
「出羽さんって、クラスメイトの?」
「うん。最近休みがちだったけど。雰囲気が似てる気がするんだよね」
「あー、言われてみれば……」
出現場所などから考えて学校の生徒である可能性は高く、幸いなことに、疑わしい相手が今回は近くにいる。追跡自体は、絶望的なわけではなさそうだ。
とはいえ、ユーバーガールを逃がしてしまったのは、彼女たちにとっては痛手だった。存在を把握できたとしても、次の事件発生まで後手に回る危険性がある。
「いままで、戦闘になれば食って掛かってくる連中が多かっただけに、逃げに徹されると厄介ですわね」
「というか、地面に無事にたどり着けたとして。あの脱出方法の方が、魔法弾に撃たれるよりずっと痛いんじゃないかな……?」
「たぶんガラスめっちゃ刺さるしな。……目的の達成とか言ってたけど、あの教室みたいなやつを大規模にやるつもりなのか?」
「いずれにせよ……。止めないと、まずいですわね」
重々しい沈黙が、長く続く。それを破ったのは、ウェヌスの溜息だった。
「はあ。まったく、窓から逃げられたぐらいで、驚いて攻撃をし損ねるなんて」
「ご、ごめんね。私もあんなに早く消えちゃうなんて」
「ヴァルカンではありません」
ウェヌスは単にそう言い切っただけではあったが、彼女がだれを非難しているのかは明らかだった。
「む……」
アレースは腕を組み、眉をひそめる。
「だれかさんが考えなしにぶっぱなしたせいで、最初に回り込めなかったんだよ」
「……わずかに出遅れただけで、わたくしはすぐに追撃できたのです。それを任せろ、などとあなたが言うから」
「は、はあ!? あたしが悪いっての!?」
「そう思うのは、やましいからではなくて?」
「この……!」
逆上したアレースがウェヌスににじり寄り、両者は互いをにらみつける。普段からいさかいの絶えない二名ではあったが、今日はとりわけ険悪な様子だった。
「け、喧嘩はやめてよー!」
ヴァルカンが二人の間に割って入り、どうにかしてなだめる。急いで敵を追わなければならない状況にありながら、三人の連携は激しく乱れていた。
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