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色褪せた赤色の絨毯の先に黒い扉がある。
首を垂らしたアンティークのランプが、扉の一部を幻想的な夕陽のように染め上げていた。
天沢一哉は耳からイヤホンを取った。ICレコーダーの電源を切り、イヤホンを本体にぐるぐると巻きつけていく。
内ポケットにしまいこんだレコーダーをジャケットの上からポンポンと叩き、目の前の扉を見つめた。
『BAR ––ESPASE(エスパス)––』
扉のプレートに描かれた金色のアルファベットが客人を招いている。
天沢は襟足に手ぐしを入れると、バーの扉を開いた。
間接照明で彩られた薄暗い店内。心地よい音量で流れるエドシーランの『Shape of you』は海外にショートトリップしたしたかのように全身の細胞を色めきたたせてくれた。
店の奥を見る。壁一面がガラス張りだった。
その向こうには東京の夜に赤を咲かせるスカイツリーがそびえ立っていた。
「ジンリッキーをいただけますか」
カウンターの男性店員に天沢は注文する。
「かしこまりました」
黒服を着た細身の店員は小さく頷いた。無駄のない動きでライム、アイス、ソーダ、ジンをグラスに注ぎステアする。
「お待たせしました。ジンリッキーになります」
冷たさを漂わせるコップと、添えられた銀色のマドラーを見つめてから、天沢は「ありがとう。いただきます」と受け取った。
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