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少しきまりが悪そうにリシャードは答えた。
「……そうだよ」
マイアによって池から引き上げられたびしょ濡れのフルーラを、リシャードは自分が部屋まで運ぶと言って聞かなかったのだ。
「あなたがあまりにも主張するから、マイアが『じゃあ、お願いいたしましょうか』って言って……」
リシャードは苦笑いを浮かべる。
「でも僕は、少しも君を持ち上げられなかった」
「腕を思いきり引っ張られたり、抓るみたいに腰を掴まれたりしたから、悪いけど更なる嫌がらせかと思ったわ……」
「君は泣き止まないし、マイアは『もうよろしいですか?』なんて冷ややかだし、散々だったな。それで僕は、いつか君を軽々と抱き上げられるようになってやるって心に誓ったんだ」
『熱心に鍛錬を続けてらして素敵ねえ』と、宮廷の女性たちがうっとりと囁き合っていたのをフルーラは思い出した。
確かに、一見すらりとして見えるのに、その腕は逞しく、胸板の感触は硬い。
そんなことが分かってしまうほど密着しているのだとフルーラは改めて意識した。
「ん……?」
うす紫の房咲きの小花が、ほどけるように散って細かい雨のように降りかかる。
「――何にドキドキした?」
楽しそうに訊ねられて、フルーラは真っ赤になった。
「い……いちいち訊かないでっ」
二人が通った寝室までの廊下には、彩りにあふれた花の小径ができていた。
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