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リシャードが真正面から見つめると、フルーラは表情を硬くして視線をずらす。ほら、いつもこうなんだとリシャードは舌打ちしたくなった。
池に落ちるはめになろうが、カエルや虫に泣かされようが、しばらくするとニコニコして「あそぼー」と後ろをついてきていた幼なじみは、いつのころからか徹底的にリシャードを避けるようになった。こんなふうにまともに話をするのなんて、六、七年ぶりだろう。
「こんな夜中に」
「もう寝てたわよね、ごめんなさい」
「一国の王女が、供もつけずに」
「マイアと一緒に来たのよ。朝には迎えに来てくれるわ」
フルーラは、リシャードもよく知っている乳母の名を挙げた。
ほとんどの週末、遠乗りが好きなリシャードは、ごく少数の従者を伴って郊外に建つこの別荘に滞在している。
「マイアもマイアだ。僕とわずかな従者しかいない邸に、輿入れ前の姫をひとりで置いていくなんて……」
フルーラは傷ついたように目を伏せ、「輿入れ前……」と呟いた。
「そうだろう? いくら君が僕と……」
「――あのね、私に縁談が来たの」
深刻な様子で告げたフルーラに、リシャードは「知ってるんじゃないか……」と独りごとを言うと、怒ったような顔をして訊ねた。
「嫌なのか?」
「嫌に決まってる……!」
切実そうな即答を受けて、眉間の皺を深くしたリシャードは荒々しく立ち上がった。
「よく解ったから、もう帰ってくれ」
「リシャード、それでね」
「これ以上何を言うことがあるんだ?」
睨むようにフルーラの顔を見下ろしたリシャードは、はっと息を呑む。
フルーラの碧色の瞳には、今にも決壊しそうな涙の水面ができていた。
「お願いがあって来たの」
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