処刑前夜

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 翌日。俺は広場の近くの路地で、馬を連れて待機していた。広場には予想通り大勢の人が集まっていた。男も女も、老人も若者も、皆正義に憤るようなことを口にしながら、ちらちらと処刑台の方を気にしている。好奇心と恐怖と、興奮を隠しきれていない。なんてつまらない奴らだろう。きっと毎日平凡で、退屈なのだろう。だから、他人の血が流れるのを見られる非日常に心が沸き立ってしまうのだ。  人がぞろぞろと集まり、広場を埋め尽くした頃、広場の喧騒がわっと高まり、そしてすぐに静まった。処刑台の横に、制服を来た役人が現れたからだ。役人の顔は遠くて見えなかったが、彼は令状のようなものを高く掲げて、大きく声を張って読み上げた。 「本日、我が国の中央裁判所の命により、この広場にて、犯罪人の処刑を執行する」  途端、広場が野次と歓声で溢れかえる。無責任な熱狂に、手が震えるくらい怒りを覚えたが、すぐに落ち着いた。ボスも、俺も仲間も、この広場の周りで静かに反撃の時を待っている。その時は、この群衆もきっと一瞬でくだらない陶酔から目を覚ますだろう。  高く組まれた処刑台の上では、絞首刑の縄が所在なさげにゆらゆらと揺れながら、人々が群がる広場を見下ろしている。不吉な存在感を放ち、これから奪う命を待っているようだった。  やがて、四人の役人に抱えられ、前後左右から逃げないように見守られながら、頭に黒い袋を被せられたボスが、脇の階段から処刑台に登ってきた。群衆の昂りが、絶頂に高まっていく。  その時、けたたましい爆発音が、辺りに響き渡った。群衆は悲鳴をあげ、慌てながら、音のした方を振り返った。しかし、広場のどこにも変わった動きはなかった。広がる緊張感とは裏腹に続く静寂に、やがて群衆は胸を撫で下ろし、正面へと向き直る。しかし彼らは、またすぐに悲鳴を上げた。処刑台の上には、昏倒した役人たちと、被せられた袋を取り払い、不敵に笑いながら一人で立っている犯罪人が見えたからだ。 「まあ、なんてこと……! お役人さんがみんな倒れてるわ!」  想定外の危機的な状況に、群衆たちは怯え始める。よく見ると、処刑台の上で倒れている役人は、三人だけだった。先ほどまでは四人いたから、一人減っている。 「ジェームズ……。本当に変装と潜入が上手いな……」  しみじみしていると、処刑台の上のボスが、鎖の手錠で拘束された両手を高々と掲げた。広場の人々の間に戸惑いとどよめきが広がる中、銃声が一発だけ響く。次の瞬間、ボスの両手首にあった鎖は砕け散り、あの人は自由になった。すぐさま倒れている役人から銃を奪い、自分を取り押さえるため処刑台に上がろうとしている奴らに銃口を向ける。遠くから援護するように、取り押さえに急ぐ人間たちの前にもどこからか弾丸が打ち落とされた。 「カールも……。みんな、俺に黙ってただけでこの計画に参加してたんだな」  俺は少し寂しい気持ちになった。でも、すぐに昨日の獄房の中でのボスの言葉を思い出した。 「いいか。この計画は、お前がいなければ成り立たない。生きて脱走できるかどうかは、お前にかかってる。お前はすぐに顔に出るから、間際まで計画は知らせなかったが、重要な役割だ。俺はお前を信じてるからな」  思い出しただけで嬉しくて顔が緩むのを感じたので、頬を両手で叩いて気持ちを引き締めた。そろそろかな、と呟きながら、馬に跨る。  広場の方に目を向けると、ボスが自分を見つめる人々を見下ろしながら、口を開くところだった。自分が殺されるはずだった場所で仁王立ちになり、この自分が天下を取ったのだと言わんばかりの堂々たる表情をたたえる様は、痺れるほど格好が良かった。 「いいかお前ら、よく聞け!」  恐怖と好奇心で静まりかえった広場に、ボスの声はよく響いた。 「俺は今、自由だ! お前らの誰よりな! お前たち、自分が自由だと心から言えるか!?」  ボスは群衆に鋭い目線を向けながら続けた。 「言えない奴らは、不幸だ。クズだゴミだと人を馬鹿にする前に、自分の惨めったらしい人生をどうにかするんだな」  ボスが空に向かって銃を二発続けて撃った。俺への合図だ。俺は馬を蹴って、広場の脇からまっすぐ処刑台へと駆けていく。 「じゃあな、不自由なクズども! 俺たちが通る。邪魔だぜ」  ボスは、広場の真ん中に、銃口を向けた。人だかりが悲鳴を上げながら左右に寄っていく。やがて、処刑台から広場の出口まで、一本の道が開けた。  俺は処刑台の前で馬を止める。ボスは「待ってたぜ」と笑いながら小さく言い、馬に飛び乗った。  あとは、ひたすら走るだけだった。いつものように、追手から逃げる。風より速く、自由を追いかけて。背後で閃光弾が光ったのを感じる。きっと最初の爆音も、パーシーの爆弾だったのだろう。みんな結局、この人のことが大好きだ。  走るにつれて、処刑台がどんどん小さくなっていく。後ろに乗るボスも、得意げに笑っていた。昨夜の俺には想像もつかなかっただろう晴々しい気持ちで、俺は声を上げて笑った。
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