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俺は既に釈放された大学生の自宅アパートに来ていた。
インターホン越しに門前払いをされると予想していたが、男はすんなりと俺を上げてくれた。
決して広くはない1Kのアパート。
玄関収納さえない狭い三和土には、使い古したスニーカー。
タブレット端末とゲーム機を除けば、これといった高価な品はなかった。
台所やローテーブルは、一人暮らしの男子学生にしては片付いている。
水切り籠の様子から、自炊派だというのが分かる。
生活臭の中には、タバコや違法薬物の匂いはなかった。
「出所は言えないんだが、渋沢栄一の1万円札のことを小耳に挟んでね」
インターホンでの遣り取りと重複するが、枕詞のように彼に投げかける。
「雑誌に載るんですか?」
「いや、分からない。君は不起訴になった訳だし。ただ単に知りたいんだ」
俺は元刑事だという経歴を交えて簡単な自己紹介をしながら、床に直置きのクッションに腰を下ろした。
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