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「財布を見せてもらえるかな?」
俺はわざとゆっくりしたテンポと低めのトーンで、主導権の流れを手繰り寄せる。
彼は「良いですよ」と言って、折り畳み財布を寄越した。
「言っておきますけど、万札なんてないですからね」
財布の中身は野口が3枚と寂しいものだった。
カード類は健康保険証、銀行のキャッシュカード、何枚かの会員証程度だ。
金はないが、学生ローンなど怪しい借金も抱えていないようだ。
手がかりがないと諦めかけながら、コインケースを開けた。
10円硬貨が8枚、100円硬貨が4枚。そして500円硬貨が1枚。
財布にあるのは3980円だ。
どこかのディスカウント品の価格のようだ。
コインをしまおうとして、気づいた。
何だ、これは?
俺の手には、まだ500円硬貨が残されている。
『平成三十三年』と刻印された500円硬貨が――。
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