01.見知らぬ、よく知る世界に

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「普通、偽札ってのはバレないように偽造するものだよな?」 俺が刑事だった頃に相棒だった小室は、居酒屋で俺に絡むように訊いてきた。 生まれつき斜視だが、酔うと輪をかけて視線が合わなくなる。 「当たり前だろ。精巧な偽札はコストもかかるだろう」 「そうだよな」 「何があった? 言ってみろよ」 「スーパーコピーレベルの偽札が見つかったんだ」 「ほう。興味深いな。だが、そんな情報どこからも聞いてないぞ」 「被疑者は容疑を否認し、偽造通貨行使の疑いでの起訴もできなかったんだ」 「本物だったのか? エラー紙幣ってオチかよ?」 ごく稀に印刷ミスの紙幣が流通してしまうことがある。 これらはエラー紙幣と呼ばれ、ネットオークションで高値で取引される。 福沢諭吉が74人分の価値になったり、野口英世が158人分の価値になったりする。 「俺が犯人なら、ネットオークション用に偽造のエラー紙幣をつくるがね」 「木根が言うと冗談に聞こえないな。図書券やビール券も偽造してそうだ」 そうだ。 もし俺が犯人ならば、流通する紙幣ではなくコレクターが保管する物にするだろう。 鑑査なんてできないだろうし、多少の粗さがあっても、エラー紙幣としての説得力がある。 最近のケースなら、GoToトラベルのクーポン券なんかが狙い目だったろうな。 現役の刑事だったら、口が裂けても言えない台詞だ。
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