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「うん。そうみたい」
「自由やなあ。本間先生らしいけど」
青柳は大して気にしていない素振りで幅の広い肩を竦めた。流石に三度目ともなると彼も慣れている。斜めに視線を合わせた二人は苦笑いを浮かべてドアの前を離れた。
不意に四時間ほど空いてしまった時間をどうしようか。一人暮らしのアパートは大学から近い。一度戻って今週末提出のレポートでも推敲しようか。
ぼんやりとこの後の算段をつけながら歩く暁の横で、青柳はスマートフォンを取り出して操作し始めた。
彼はどうするのだろうとその横顔にちらりと目をやると、手元の画面を見たまま青柳がなあ、と声を掛けてきた。
「この後予定ないなら昼飯食いに行かん?」
「え…」
「俺この後四講目までないし、川和もやろ。そしたら時間めっちゃ空くし」
「…二人で?」
「……嫌やったらいいけど」
「い、行く」
半年以上同じ講義を受けていて誘われたのは初めてだった。驚いて幅の狭い二重の瞳を見開く暁に、青柳は相変わらず思惑の読めない顔をしながら、じゃあ行こう、と携帯電話を黒いバックパックにしまった。
思いがけず淡い想いを寄せる同級生と食事をすることになった暁は忙しなく目を泳がせる。しかし努めて、そう変なことでもないかと気を落ち着かせた。
同じ学部学科で、受講生がたった二人だけの授業を春から受けてきた。むしろ今までこうした交流がなかったのがおかしかったのかもしれない。
それはさり気なく暁が青柳を避けていたからだった。二人だけで同じ空間にいて顔色に出さない自信がない。自慢じゃないけどポーカーフェイスは不得意だ。
だからいつまでも距離のある同級生に気を遣って声をかけてくれたのかもしれない。人に興味がなさそうでいて、いつも周囲に友人の絶えない青柳の人付き合いは巧みだった。
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