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ついにこにこと一人微笑めば、こちらをじっと見つめる青柳と目が合う。
突然笑ったりして変なやつと思われたかな。慌てて表情を取り繕いながら意味なく下ろしたままの前髪を弄った。
「川和は本間先生のゼミ行くん?」
何事もなく話しかけられてほっとする。髪から離した手を下げながら暁は線路に目をやって、どうだろうと首を傾けた。
「たぶん行かないかな」
「へえ、じゃあなんであの講義とったん?」
重ねて問う青柳の声には、驚いたような色が滲んでいた。
少人数のゼミ形式で進められる本間教授の授業を取った学生は十中八苦そのまま本間ゼミに入る。特に教授の方から強制されるのではない。学生の方が彼のゼミに入るつもりで授業を取りに来ているのだ。時々は合わないと別のゼミに進む者もいるけれど、あまり多くはなかった。
そのことは承知して授業を取った暁はどう答えたものかな、としばし言葉を選ぶ。
青柳はきっと本間教授のゼミに進むつもりであの講義を受けるのだろう。本気で学ぶつもりがないのか、と軽蔑されたくない。真意が伝わればいいけれどと迷いながらゆっくりと口を開く。
「楽しそうだなって、思ったんだ」
「楽しそう?」
「うん。あんまりないでしょ。先生と直接やりとりできる授業って」
「でも大変って聞いてなかった?レポート多いし、ツッコミきついし、サボれへんし」
「それは知ってたけど。想像以上に絞られてるけど。…でも、まあ取って良かったと思うよ。面白いから」
「ふうん」
含みのある相槌を打った青柳がすっと視線をホームの端に向ける。ちょうど電車の到着を知らせる電子メロディが鳴り響く。
「いいんちゃう。その……が……らし………き…から」
風を巻き込みながら電車がホームに入ってくる音に青柳の声が紛れる。
「え、ごめん。聞こえなかった。なんて?」
「……何にもない。乗ろ」
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