あをによし

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どこか決まり悪そうな表情の青柳に背中を押されて、深い赤色の車両に乗り込んだ。 もしかして悪口でも言われたのか。気にはなったけれど、もう一度聞き返す勇気は出なかった。 奈良駅方面の車内は反対向きよりも更に空いていた。しかし座席には座らず奥のドア付近に立った青柳に倣って立つ。 背の高い青柳は吊り革では高さが合わずその上のバーを掴んでいる。本当に大きいなあと手前の手すりを持ちながら隣の級友を見上げた。 「なに」 「いや、背が高いなあっと思って」 「さすがにデカすぎて面倒いな。頭ぶつけるし、変に目立つし。百九十はいらんわ」 「でもいいな。俺もあと五センチは欲しかった」 「別に川和小さないやん」 大きな手のひらが暁の旋毛辺りに触れる。その扱いが既に同年代の男にするものではない。平均並の身長も彼にとっては子どものように見えるか。 釈然としない気持ちを抱えながら、さり気なく青柳の手を払った。 「怒ってる?」 「怒ってない」 困っただけだ。片想いする男の子に頭を撫でられてどうしていいかわからないだけ。 そんなこと言えないよな、と暁は唇を噛んで目を伏せた。 少し考えるような間があって、青柳が足を踏みかえる。電車の揺れに腕の筋肉だけで耐えながらゆっくりと、言葉を選ぶように口にした。 「俺は川和のその雰囲気いいと思うけど。綺麗な顔してんのに意外と天然なとことか。横顔が平安絵巻の公達みたいでいい感じって、この前基礎ゼミの女子も言ってたし」 「……え」 「…あかんかった?いや、別に平安絵巻って引き目鉤鼻ってことちゃうで。すっとした目元とか艶のある髪の毛とか品があって綺麗やなって……」 「き、綺麗?」 「嫌やった?褒めたつもりなんやけど」 難しいなあと青柳が眉間に皺を寄せる。その男臭い表情こそ青柳に似合っていて格好いいと些か混乱しながら、暁は焦る手で髪を撫でつけた。
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