革命前夜

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「エイダン、エイダン! 何をしてる! さっさと部屋の掃除を済ませてくれよ!」 「エイダン! ドレスが汚れちゃったの、洗っておいてちょうだい!」 「エイダン! 朝食の食器がまだ机の上にあるんだけど、早く片付けてよ!」  僕の日常は地獄同然だ。  毎日毎日、朝から晩までこうやって呼ばれ続けて、働かされる。  まともな休みも報酬も貰えない。  だけど仕方ないのだ。僕には何も変えられない。僕は戦争孤児なのだから。  数年前、今現在も続く戦争の最中、敵国の攻撃で僕の村は全て焼け落ちた。  家も家族も友達も、何もかも全部失って、命からがらこの街に逃げ込んだ僕を拾ってくれたのがこの家の主であるアラン・シャンドラー氏。  シャンドラー家は王族の血を引いた家系で、この街では一番の富豪だった。  アラン氏は国の精鋭部隊の隊長を務めており、見回りの途中で路肩に倒れ込んでいる僕を見つけ、声をかけてきた。  それから僕が敵国の人間ではないことと、住んでいた村が焼かれ、家族も死んでしまって帰る場所がないことを知ると、僕を家に招き入れ、住み込みの従業員として働くことを条件に衣食住の確保を約束してくれた。  それ以来僕は、このシャンドラー家に住み込みで働かせてもらっている。  しかし幸運だと思っていたのは拾われた夜だけだった。  シャンドラー家にはアラン氏の妻、エレナ夫人と息子のダレン、それから娘ミュアの4人が暮らしていて、アラン氏は仕事で常に家を空けている。  朝早くにアラン氏が家を出ると、3人は都合のいい召使いが現れたと言わんばかりに僕をこき使った。  掃除や洗濯、食事の用意はもちろん、部屋の片付けや庭の剪定(せんてい)まで依頼してきた。  小さな貧しい村で生まれ育った僕に、王族の親戚の世話なんてできるはずもなく、できなければ罵倒の言葉を何度も浴びせられた。  唯一まともにできるのは掃除くらいで、家の隅から隅まで、ピカピカになるまで磨き続けた。  そして数年も召使いとして働いていると、心を休めることのできる場所を発見することもできた。  ……地下室。今はほとんど物置になっているこの場所には、一家の誰も入ってくることがない。この場所を掃除している間だけは、彼らの声も聞こえてこないし、彼らの目にも映らない。  地下室と言ってもかなり広く、長い廊下の左右に広い部屋がいくつも存在するので、多少時間がかかっても不思議がられないというのも都合が良かった。  数年働いてやっと見つけた、至福のひととき。  ある日、いつものように地下室を掃除していると、聞きなれない女の声がした。 「……ダン、エイダン」  呼ばれている。一家の誰とも違う、優しい声で。  その声は長い廊下の一番奥の部屋から聞こえているようだった。 「……誰かいるの?」  僕は声に呼ばれるままに、部屋の扉をゆっくりと開けてしまう。  これが、全ての始まりだった。
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