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扉を開けると、部屋の中には同年代の少女が拘束されていた。
身体中を麻縄で縛られ、この部屋に放り捨てられたような体制で横になっている。よく見ると顔や手足には、殴られたような痣が散見された。
「大丈夫!?」
僕は少女に駆け寄り、上体を起こしてあげる。
「あなたが、エイダンね……」
夫人の部屋を掃除する時に見るアメジストの宝石のような紫色の瞳と目が合う。
「どうして僕の名前を……?」
「さぁ、どうしてでしょうね」
ひび割れた桜色の唇が弱々しく微笑んだ。
「君は、いつからここに居たの? 昨日はいなかったはず……」
「分からないわ。気づいたらここで気を失っていたの」
少女がゆるゆると首を降ると、顔にかかっていた闇夜を溶かしこんだような長い黒髪がはらはらと落ちた。
……僕はこの少女に、どこかで出会ったことがあるような気がする。
「それじゃあ、君はどこから来たの? 名前は?」
「どこから……そうねぇ、北の方から、かしら。名前は、トリスタよ」
北の方……僕の村があった方角だ。しかしトリスタなんて名前は聞いたことがない。村の人ではないとすると……取引をしていた近くの村や街の子だろうか?
「トリスタ……素敵な名前だね」
「ふふ、ありがとう」
トリスタはまた弱々しく微笑むと、コホコホと咳をした。
「なんだか喉が乾いているみたい。ねぇ、お水を汲んで来てもらえる?」
「もちろんだよ。ちょっと待ってて」
僕は一階に上がってキッチンでコップに水を注ぎ、彼らに見つからないようそっと地下に運ぶ。
「ありがとう、エイダン。なんだか生き返ったような心地だわ」
全身を縛られたままの彼女に、持ってきた水を飲ませてあげると、トリスタの瞳はさらに輝きを増したような気がした。
「水くらいで大袈裟だよ」
「ううん、なにかお礼をしなくちゃ。エイダン、あなたの望みは何? 叶えてあげる」
唐突に魔法使いのようなセリフを口にされても困る。僕は少しの間、何と声をかけたらいいか迷った。
そういえばこの家の娘、ミュアにも魔法使いに憧れているような言動が見受けられる。女の子というのは皆、そんな憧れを持つものなのだろうか。
「そうだね……明日一日でもいいから、優しいアラン氏に家にいて欲しい、かな」
僕は少し考えて、トリスタに話を合わせることにした。
トリスタに言っても、叶うはずもない望みだと言うことはわかっていた。アラン氏は精鋭部隊の隊長だ。この戦争が続く限り、家で過ごす時間など取れないだろう。
しかし彼女は「わかったわ」と微笑んだ。
「明日、この家の主であるアラン・シャンドラーは一日中家にいるの。エイダン、あなたがこき使われることはないわ。約束する」
「へぇ、それは楽しみだな」
大人っぽい見た目に反して、子供のような口約束をしてきたトリスタに、僕は笑い返す。
本当にそんなことが実現するはずがない。
……そう思っていた。
しかし次の日、敵の攻撃が突然止み、アラン氏は一日中家にいられることとなった。
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