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「トリスタ、すごいよ! 君の言ってたことが本当になったんだ!」
その夜、皆が寝静まったのを確認した僕は、久々に一家と同じメニューだった夕食のパンを持って地下へと向かった。
「だから言ったじゃない。望みを叶えてあげるって」
トリスタは得意げにふふん、と笑う。
「あんなに平和な一日は久しぶりだった。まるで楽園だよ! はい、これはお礼。と言っても、僕の夕食の余りなんだけど……良かったら食べてよ」
僕は持ってきたパンを小さくちぎって拘束されたままのトリスタの口元へ運ぶ。
「わぁ、食べ物なんて何日ぶりかしら。ありがたくいただくわ」
トリスタは小さな口をそっと開いた。
なんだか鳥のヒナのようで可愛らしい。
胸が高鳴るのを感じた。
トリスタが笑うと、僕も自然と笑顔になれるような気がする。
トリスタが嬉しそうにすると、もっと喜ばせたくなってしまう。
そうか、僕は……トリスタを好きになってしまったんだ。
パンをちぎってトリスタの口に運びながら、僕は自分の頬が緩んでいるのを感じていた。
「ふふ、どうしてエイダンまで嬉しそうなの?」
パンを頬張りながら、トリスタが聞いてくる。
「うーん、トリスタが嬉しそうだと、僕も嬉しくて……」
なんだか恥ずかしくて、くすぐったいような不思議な気持ちだ。
「えっ? 実は私もなの。エイダンが今日、嬉しそうにここに来たとき、私もすごく幸せな気持ちになった……私たち、同じ気持ちなのね」
トリスタも少し頬を桃色に染めて、照れたように笑う。
……上手く表現できないけれど、暖かくて幸せな気持ちでいっぱいだった。
「ねぇ、エイダン」
「なに、トリスタ」
パンを食べ終えたトリスタが、僕に優しく話しかける。僕もそれに優しく応えた。
「私ね、またあなたのことを喜ばせたい……エイダン、あなたの望みは何? なんだって私が叶えてあげる」
「本当? それは嬉しいな」
「本当よ、何でも願って」
今回アラン氏が休みになったのはたまたまだ。トリスタの力ではないだろう。次に同じことを願ったところで、叶わないのは目に見えている。
それならば……。
「そうだな……それじゃあ」
僕はポケットに忍ばせたナイフを手に取り、トリスタの身体を縛る麻縄を掻っ切った。
「ここから、一緒に逃げ出そう!」
僕は驚くトリスタの手を取って走り出した。
こんなところ、地獄同然だ。
二度と戻ってくるもんか。
アラン氏には申し訳ないけれど、それでも僕は、僕とトリスタの幸せのためだけに生きていきたい。
僕らは寝静まった街を抜け、森を抜けて、北の方角、僕らの故郷へとひたすらに走り続けた。
北は敵国のある方角だ。だから北へ走るのは普通に考えたら間違っている。しかし、昨日は敵国の攻撃が突然止んだ。敵国の方でトラブルでもあったのかもしれない。
今の戦況ではこちらの国が有利だと聞いた。それにこちらの国の方が土地も人口も規模も大きいのだ。こちらが負けるとは考えにくい。
上手くすればこのまま敵国が降伏し、僕らは故郷のそばで終戦を迎え、幸せな暮らしを送ることができるかもしれない。いや、トリスタとなら絶対にできる!
なぜかその時の僕は、そう確信していた。
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