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24 恋仇の台頭②
☆本日朝晩更新予定です~ 毎日寒い日が続きますね。ちょっと仕事が立て込んでおりまして(一年で一番……)来週の半ばからは少しマシになるのでそのあたりから一気にラストまで書ききりたいと思っています。
いつもご覧いただき本当にありがとうございます。
和哉がこういう性格なのが(柚希も)気がかりで、二人のことをどう思っているのかなどお教えいただけたら元気出ます。よろしくお願いいたします。
動悸が高まり心臓が破けそうになりながらも、和哉は長い手足で布団を蹴り上げベッドから転がり降りた。そのまま這いずるように廊下に出てから壁を伝って立ちあがり、一階にまで何とか降りる。頭の中はどうにか兄の家まで向かうことしか考えておらず、縺れる脚でコートを着たところを物音に気が付いてギョッとした顔で廊下に出てきた桃乃と敦哉の両方に止められた。
「そんなふらふらの身体でどこにいくの!!!」
「行かなきゃ……。兄さんところに……」
両親に抱き止められながら、再び熱が爆上がりして情けなくも膝から玄関の冷たい土間に崩れ落ちてしまった。
父に客間まで引きずられて布団に寝転がされ、子供のようにスマホを取り上げられて安静を言い渡されたが、実際そこまでが体力の限界だった。しっかりと休まなかったためか体調が再び悪い方に傾き、和哉はその後一日布団の住人とかした。
なんとか回復を見せた翌々日。まだ感染力があるかもと母から足止めされていた柚希が心配をしてドーナツを手に仕事帰りに駆けつけてくれた。
心身ともに完全に回復しきれていない和哉は憂顔でぼんやりと自室のベットの上、勝手に再生される好みでない曲まで流しっぱなしで聞いていた。
「カズ? 起きてる?」
柚希お手製のニラと卵の入った雑炊を手に兄は返事をせぬ弟の様子に体調がまだ悪いのだろうと眉を顰めた。そのまま持ってきた食器をPCを避けるようにデスクの端に置くと、気づかわしげにそっと指先で和哉の頬に触れてきた。
「カズ、丈夫だから滅多に寝込まないのに。やっぱりインフルエンザは相当キツかった?」
体調不良の一因を作りこんできた兄のその呑気な口ぶりに苛立ち、手の甲を音がなるほど強く振り払う。すると日頃は穏やかな弟の思いがけぬ仕草に兄は大きな目をまん丸に見張りあからさまに傷ついた顔をした。しかし今の和哉にはそれに構う余裕がなかった。
あの夜からどろりとしたマグマのような嫉妬心に 今も身を焦がされたままなのだ。
「兄さん、新年会のあった晩に部屋にいたのって、晶先輩だよね?」
和哉のこの数日の鬱屈を全てぶつけるような詰問口調に、柚希は頬を引くつかせて答える前から怯んでいる。年始早々バイトに出てしまったのと病気のせいで、中々会えなかった愛しい柚希がすぐ傍にいる。
(いつでもあの柔らかな笑顔でいて欲しいのに)
愁いと戸惑いを帯びたこんな顔を見たい訳では無いのにと、和哉はそのことにも自分勝手に傷ついた。寝転んだ姿勢から胡座をかいてベッドの上に座り直すと幼い頃のように兄を真っ直ぐ射抜くように見据えた。
「答えて」
柚希は言いづらそうに1度目をそらすと、そのまま和哉の反応を伺うようにおずおずと呟いた。
「……そうだよ。新年会で俺ちょっと飲みすぎちゃってさ、タクシーで晶に送ってもらったんだ」
「それで家にまで上げたの?」
柚希の言い訳混じりで歯切れが悪い口調にイラつき和哉まだインフルエンザの影響で痛む頭を抑えて呻く。
「ねえ? 晶先輩はαなんだよ? 部屋に2人きりになるなんて、危ないと思わなかったの?」
すると柚希がはにかみ小さな声で照れながら告げらた言葉が、あまりに悔しくて、和哉は一生この瞬間を忘れることがないだろうと思った。
「それは、大丈夫、かな? 俺たち付き合うことになったんだ」
「え……」
「新年会でさ、ちょっとやな事あって......。多分俺があんまり惨めで哀れだったからかな……。晶から同情されて、付き合いませんかっていわれたんだ。そろそろさ。この新しい人生、納得して進まないとって思ってたから、変化が欲しくて……。ありがたく受けさせてもらった」
「……」
(それは違う……。絶対に同情なんかじゃない。晶先輩はたぶん高校の頃からたとえβの男同士でだって、ずっと兄さんのことが好きだった。あのイルカのストラップ、兄さんのと自分のをすり替えてまで兄さんの持ち物を欲しがるような怖ろしい執着だぞ?! そんな男が千載一遇のチャンスをものにしないはずがない!)
10年近く柚希一筋の自分のことを棚に上げつつ、和哉は悔しくて今すぐ別れろと柚希を揺さぶり怒鳴りつけそうになった。懸念していた通り、やはり柚希は新年会で不快な目にあっていたのだ。兄の弱った心につけ込むようにして告白してきた晶に対しても、そもそもインフルエンザになんかかかってしまったせいで同行出来なかった自分自身に対しても、あふれる憤りを抑えきれない。思わず成長後目立ってきて兄の前ではひた隠しにしてきたαらしい犬歯まで剥きそうになる。
和哉はまたもや、些細なタイミングのずれで、昨日までは確かな手にしていたはずの宝物を他の男に目の前でかすめ取られてしまったのだ。
「和哉?」
子供の頃の面影がのこるむすっとした顔で黙り込ん和哉に戸惑い、柚希は手慰みに丁寧にズレた土鍋の蓋を直しながら、また違った解釈をした様だ。
「部活の先輩と俺が付き合ったら、やっぱ、やだよな? 元チームメイトの男同士だし変な気分だよな?」
的外れな言葉に和哉は口元を吊り上げるようにやや皮肉気な表情を作りこみ、二人の交際を歓迎していない雰囲気を匂わせるしかなかった。胸に去来するのはまたも悔恨ばかり。
(兄さんに嫌われても恨まれてもいいから、Ω判定を受けたあとすぐ番にしてしまえばよかったんだ。……いや今からでも遅くない。今すぐ柚にいを僕のものに……)
「……カズの好きなニラ卵雑炊作ったよ。昼も食べた形跡がないって母さん言ってた。食欲なかったのか? 回復してきてるなら腹減ったろ? よそってあげるから少しでも食べろって」
伏せたまま顔つきを変えた和哉には気が付かず、柚希は気まずい沈黙に耐え兼ねて昔のようにあれこれと世話を焼き取り皿に盛り付けてくれようと、腰かけていたベッドから立ちあがった。しかしそんな柚希を引き止めるように手首を和哉が大きな手でわしっと掴み上げて止めた。
成人した和哉はもう柚希よりずっと大きくなり、敦哉の背丈も抜き去った。和哉の掌が厚みを増して大きくなったということもあるが、掴んだ柚希の手首が部活動で鍛えていた頃よりずっと細く感じる。
無意識にしてしまったその動きに柚希も和哉自身も驚いてお互いに顔を見合わせる。何度かリピート再生された流行のラブソングが流れ、互いに一瞬じっと見つめあってしまった。
すると不思議顔の柚希はいつもと変わらぬ大きなぱっちりとした瞳を和哉に向けて、可愛い仔犬でも見つめるように愛おし気に大きな目を細めた。
「どうした?」
こんなふうにふとした柔和な面差しから愛情を注がれていると感じるのは掛け値なく嬉しい。そして少しも男として意識してくれないのは切ない。
和哉は秀麗な眉を顰めて目に熱っぽい欲を滲ませると、驚く兄を腕の中に抱き寄せる。ちょうど柚希の胸の辺りに自らの顔を押し付け久しぶりに爽やかな柚希の香りを胸いっぱいに吸い込んだ。
くらくらするような妖艶さはないが、子供の頃から慣れ親しんだ清潔感溢れる香りに気持ちのささくれすら撫ぜ付けられ解される心地になる。
そのまま迎え入れるように顔を近づけ身をかがめた柚希は大人しく弟に抱かれている。兄の身体の温みが伝わり、和哉は色気あるため息を柚希の耳朶に触れる程の距離でつくと、こそばゆくて柚希がふるっと身体を震わせながら軽やかな笑い声を立てた。
「カズ、くすぐったい」
(こんなふうに触れ合うことを許してくれるのに、兄さんはどうして僕のものにならないの?)
嘘などつかずにαだとすぐに告白して子供の頃のように素直に永遠の愛を誓ったならば、柚希は和哉のものになってくれたのだろうか。
(いや……。だけどまだ諦める必要もない)
柚希の背中に手を回し、ぎゅっと抱き着くと柚希も「どうした? 相変わらず甘えただなあ」などと揶揄いながら腰に手を回して抱きしめ返してくれる。
「兄さん……。すぐに番になんてならないよね? 晶先輩と、そういうこと、できるの?」
「ばっ! 何言ってんだよ」
彼女が途切れずにいたくせに、柚希はずっとプラトニックな恋愛ばかりを繰り返してそういう経験は無に等しいと和哉はそこまで知っている。
相変わらずに初心な反応の兄に、一通りの経験はすませている弟はここぞとばかりに反撃を始めた。
「だってそういうことでしょ? 発情期にセックスして項に噛みつかれなきゃ番にはなれない。できるの?」
「そもそも向こうが俺に対してその……。たたないかもしれないし? 本当に嫌ならその時逃げればいいし?」
「そんなの無理に決まってるだろ? 相手はあのゴリラなみの怪力とジャンプ力のあるショットブロッカーだぞ? 押さえつけられたら兄さんなんて逃げ場ないに決まってるだろ?」
「俺のこと舐めてるだろ? 俺だってバスケ部……」
瞬間和哉は柚希の上半身を軽々と抱え、レスリング選手よろしく回転をかけられてベッドの上にその身体を押し付けた。
そのまま茫然とする柚希を潰すように上に乗りかかると、苦しがって柚希が腕で和哉を押し返してきた。
「カズ! 重たい!! どけって」
柚希の胸が息をするたび上下して、その動きに妙な艶めかしさを感じる。
(今すぐ兄さんが発情してくれたら……。何も考えずに兄さんを奪いつくせるのに)
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