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番外編 ありがとう、おめでとう、よろしくね その4 Xmas
それからも沢山のクリスマスが過ぎていった。
柚希に兄弟としてささやかなプレゼントを渡せた年もあったが、和哉が高一の時にアルバイトをして買ったお揃いのペンダントのアクセサリーは、たまたま柚希に彼女ができて渡せずじまいになった。翌年は柚希がΩ判定をされた直後だった。家を出て自活をすると宣言した柚希が何かに取り憑かれたかのように、クリスマスはおろか年末年始正月休みすら碌に家に帰ってこなかった。
さらに翌年は和哉が受験生で塾の冬期講習がびっしり入っていたり、就職後の柚希は仕事柄年の瀬までバタバタしていて……。そんな感じで散々な思い出の方が多めだ。
(でも今年は……。初めて柚希と恋人同士になったクリスマスだ)
そんな風に思うと気持ちが高ぶらざるを得ず、和哉は大人しく眠ろうとしていたのに布団に入ってきた柚希をが悪いとばかりに、いつもより手荒な愛撫を繰り返すと、おもむろに兄を軽々とうつぶせにする。
「かずぅ、急すぎる! こわい!」
悲鳴とも嬌声ともとれる兄の声はすでに欲に濡れていた。
(兄さんはさ、自分じゃ気づいてないかもしれないけど、ちょっとM気あるんだよな。乱暴にすると、いつもよりすんげえ、しまる)
「柚希……。ここ気持ちいい?」
腰をわざといやらしく突き出させた姿勢のままがつがつと後ろから突き上げれば、柚希は堪らずに上にずり上がって逃げようとするから和哉はその身体を押さえつけて白く引き締まった尻をぱんっと妖しく大きな音を立てて叩いた。
「痛い!!」
「ふふっ……。ごめん。色々思い出して、ちょっと妬いてた」
「なに? え……あああ」
そのまま柚希が感じ過ぎて辛いと涙を零す奥までをずぶずぶと蹂躙していった。
「やあっ……。ふ、深い、駄目」
「柚希、ああ。気持ちいい……。こんなに奥で俺のさきっぽ、沢山ちゅってしてくるのに、柚希はやなの?」
「あした、ああ……仕事っ! だめ、だめ」
「そうだよね……。柚希感じ過ぎちゃうと、次の日も感覚なくなんなくて辛いって言ってたよね? アレ、最高にエロイ」
「し、知ってるなら、あああっ。やめ……。おかしくなるからあ」
「へえ? じゃあ今すぐ、僕で、おかしくなれよ。明日も一日中、僕のことばっか思い出して、早く僕のなしじゃいられなくなって」
挿入の手を緩めず、木造のアパートに響き渡るであろう床すらミシミシというほど激しく突き上げて、普段は声を上げるのを抑えようと必死な柚希が、身も世もなく身悶える姿をみるのが最高に気持ちがいい。
真っ白な身体が朱鷺の羽のようにふんわりと赤みを帯びて汗を滴らせ、喘ぎすぎて短い吐息しか吐けずに苦し気に涙を零す姿。
「柚希、最高。淫らでも、綺麗だね?」
襟足をかきあげるようにして項を完全にさらすと、そこに噛みつきながら中に欲望の全てを注ぎ込んだ。
ゴムすら外れかける程の激しさに、柚希はくうっと小さく啼いて布団に伏せると、そのまま瞑目して、やがて動くこともできずに眠りについていった。
「和哉、最悪。寒くても、一緒に寝ない」
翌朝そんな風にぶつぶつ言いながら、好みのカリカリ具合に和哉が焼いたベーコンをもしょもしょ食べながら、ダイニングテーブルについた柚希はぷんぷん怒っている。
和哉も向かい合わせで母が持たせてくれたバターが香り高い『一斤上等真白食パン』を齧っている。
「悪かったって思っているから、今日僕、なんの予定もないのにちゃんと早起きして兄さんに朝食作ったでしょう?」
「そんなことでは誤魔化されない。仕事だって言ったのに! 腰痛い」
「そう言わないでよ? オードブルとケーキ以外の準備は僕がしておくから今日は柚にいは帰ったらなんにもしなくていいよ? お風呂だってぴかぴかに掃除をしてとっておきの入浴剤を入れるし、洗濯だってシーツもしっかり洗っておくよ。昨日沢山汚しちゃったから」
「うわああ。恥ずかしい、やめてくれ」
「とにかく、迎えに行くから待っててね? イルミネーションみて、家に帰って、柚にいを沢山甘やかしてあげるから、お仕事頑張ってきてね?」
目元をきゅるんっとまた仔犬みたいに輝かせる和哉のこの顔に柚希は弱くって、大抵のことは二つ返事で許してしまう。
「分かったよ。頑張る。まあ、番出来てからホルモンのバランスってやつ? あれが整ったから、判定受ける前のβだって思ってた頃に戻ったみたいで嬉しいな。今日はまあちょっとあれだけど基本的に気分爽快、体調安定。疲れにくいし、怠さも少ない。いやあ、正直もっと早く番作っておけばよかったって思ったよ」
柚希としてはただの軽口だったつもりだ。体調安定の上を行く大切なことは精神の安定。和哉がこうして傍にいてくれるのが抑制剤よりなにより柚希の心を穏やかにしてくれる。
しかし何かが気に障ったのか和哉は明らかに顔色を変えて、パンを途中で食べるのをやめて皿の上に置いてしまった。
「まだ時間あるだろ? 今日は帰りに荷物も多いし、自転車じゃ出勤できないから父さんに車借りてくる。兄さんは食べながら待ってて?」
そういうとさっさとコートを羽織って柚希の自転車の鍵を借りて実家が借りている駐車場に行ってしまった。
(え……。俺何か気に障ることいったか?? 番をもっと早くに作っておけばよかったって? ただの感想のつもりだったけど……)
たいしたことを話したつもりはないので首をかしげてしまう。
実は番になって二か月。たまに和哉があんな風に顔を曇らせることがあるのだ。柚希の中では何が引き金のポイントになっているのか分かりかねている。
(晶と、もっと早くに番になっておけばよかったっていう風に受け取られたのかな……。そういうつもりじゃなかったんだけど)
晶とはあの日、ホテルで別れて以来連絡を取り合っていない。別に連絡先をブロックされているわけではないし、あのあとも地図アプリには相変わらず晶の愛犬のプードルのアイコンが表示されていた。
和哉がそれに気がついて何か別のグループに入れたみたいだけれど、だからといって完全につながりが断たれたわけではない。だけれど……。
(流石にもう、晶と連絡とれるような雰囲気じゃないからなあ。でもさ、あいつは本当に……。本当に、いい奴だったんだ。後輩としても、恋人としても……。発情期が起こって、気持ちがちっちゃくちっちゃくしぼんでた俺に、もう一度外に目を向けて生きられるように外の世界に連れ出してくれた。ある意味恩人なんだ)
番にはなれなかったけれど、バスケ部の後輩として今でも学生時代の大切な思い出と共にある晶。気まずく別れることになったバスケ部の仲間たちのことだって、今でも心の中では大切に想っているように、晶と交流してきた、あのさんざめく太陽の下笑いあっていた日々の、全て忘れ去ってしまうのは寂しすぎる。だからといってもう柚希から連絡を取ることは許されることはないだろう。
(きちんと、さよなら……。できたんだろうか。俺は)
今までありがとう。俺なんかを好きになってくれて、ごめん。
たった一言であれほど愛してくれた男の手を離して、和哉の元に留まった。晶はどんな顔をしてあの場を去ったのだろう。最後に画面越しに見た晶の顔を思い出すと、胸が苦しい。
しかしそんな風に思う柚希に昨日の晩、和哉に執拗に噛みつかれた項がずきんっと痛んで責め立ててくる。
(番がいるのに少しでも他の男のことを想うなんて……。どうかしてるよな)
こんなふうによそ見ともいえる物思いに沈んでしまうのは、番になって時間が少し流れて、色々と考える余裕が生まれたからだろうか。それだって和哉が今、柚希を深い愛情をもって支えてくれているからできることだ。
実家から取って返して車で柚希を迎えに来てくれた和哉は、もう普段通りの穏やかな彼に戻っていた。店舗のある近隣でも有名な長い商店街へ迎える路地の手前、大きな道路の路肩に車を止めると、柚希の降り際、奪うように口づけを送ってぎゅっと抱きしめてくれた。
「すごく、今夜が待ち遠しいよ。仕事頑張ってきてね? 兄さん」
「うん……。夜が楽しみだな? 送ってくれて、ありがとうな? いってくる」
今はこんな切ない気持ちも和哉から愛情を注がれ、少しずつ番としての絆が深まればゆっくりと薄れていくのだろうか。
和哉は柚希が通りの向こうに去るまで車を止めて見守っていてくれるだろうから、敢えて小走りで歩み出した。
(俺にできることは、一生懸命仕事をして、和哉があんな顔をしないように不安にさせないようにすることだな。なんだかんだ言ってあいつはまだ学生だし、俺の方が年上なんだから。俺がしっかりしないと……)
晶とのことで思い知ったこと。
思っていることは口に出して伝えあい、時にはぶつかり合わねば大きな誤解を孕んだまますれ違い続けてしまうかもしれないということ。
(晶が本当は同情なんかじゃなくて俺のことを心から愛してくれているってもっと早くに気がついていたら……。俺の心も、身体もあいつに向かって開いて、もっと深く愛し合えたかもしれない。でも俺が逃げてばかりであいつの気持ちを少しも理解しようとしなかったから、結局別れることになったんだ。……俺のせいで起こるべくして起こった別れ。俺は……。二度と……)
柚希は一度振り返って、やはりまだ車を止めたままでいる和哉に向かって大きく手を振った。
車の中から和哉が手を振り返してくれたかは見えづらかったが、そのあとは振り返らずに店まで駆け足で出勤していった。
その日は和哉との情事の余韻に浸る時間がない程大忙しだった。クリスマス用にサンタ帽子の飾りをかぶったワンコ型のドーナツの売れ行きも好調で、予約販売をしている、ドーナツを組体操みたいに重ねて飾ったデコレーションドーナツも無事に最終時間の18時までに引き渡しが終了した。
そのあとも今度は新年のご挨拶用に地方発送される贈答品の梱包や発送準備を手伝っていたらあっという間に時間は経った。
制服から着替えが終わった後も事務所で明日の仕事のことなど確認をしていたら、同僚の三枝と二階の通販担当の水野がまだユニフォーム姿のまま片づけをしていた。
「一ノ瀬、二階の手伝いもありがとうね。でも早く帰りなよ。新婚さんなんだから」
「和哉、道が混んでて車が進まないからもう少しかかるって。それに新婚じゃないですよ。番になったってだけで」
「新婚みたいなものでしょ? 番関係なんて、結婚したみたいなものなんだから」
「そうなの?」
「そりゃそうでしょ。むしろ結婚より重たいでしょ? 一生切れない絆があるんだから。あーあ。うらやましいなあ」
水野は昔から番関係に憧れがあると豪語しているが、自身もまだ新婚といってもよいような一年前に結婚したばかりの三枝は冷静極まりない。
「そっかあ? あたしは怖いけどね。そんな風に重たいの」
「三枝さんは素敵なダーリンがいるじゃないですか? それでもそう思うんですか?」
「まあ、別にあたしだってあいつと別れるつもりはないけどさ。でもまあ一生一緒にいるって思っててもさ、人って心変わりしたりするじゃない。そんな時もお互いに本能で離れられないってさ。あたしにとっちゃあ、怖いね」
「……心、変わり?」
和哉相手に心変わりをするなんて思ってもみなかったが、αの和哉は他にも番を作ることができるのだから、実際心変わりをされて困るのは柚希の方だろう。
わりとなんでも人の意見を受け入れる前向きな性格の柚希だけれど、朝からの感傷的な気持ちを引きずっていて、どよんっと沈んでしまった。付き合いが長くなってきた日頃から毒舌の三枝も流石に言い過ぎたと思ったのか冷凍庫のドーナツの在庫を数える手を止めて珍しく謝ってきた。
「ごめん、無神経な言い方だった」
「いや……。その通りだと思う」
「でもあの和哉君があんたから心変わりすることは絶対にないだろうから安心しな。筋金入りのド執着野郎だってことは入社したころからあんたたちを見守っているあたしはよくよく知ってるよ。でもまあ、どっちかっていえばあんたの方が心配かな」
「俺が?」
俺のどこが? と言い返そうと思った時、一回から内線がかかってきて水野が受話器を取り上げた。
「あの、一ノ瀬さん。今下に……」
「ああ、和哉?」
てっきり和哉が到着したのかと思って大分早いなと思ってコートを羽織ろうとした柚希に、水野が受話器を抑えながら狼狽をありありと顔にだして呟く。
「佐々木晶さんとおっしゃる方が、一ノ瀬さんを訪ねていらっしゃったそうです」
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