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黒猫王子は狼騎士に溺愛される🎃2(ハッピーハロウィン)
若旦那は柚希がびっくりして取り落したお菓子を拾い上げ、籠の上にぽんぽんぽんと三つ載せつつ、割と間近で柚希に囁いてきた。
「一ノ瀬くん、今日の打ち上げの時、美味しい梅酒用意しておくからさ、俺に少し時間くれないかな?」
「え、あ、はい……」
生返事をしてしまったのはいろんな意味で驚いてしまって、すぐには声が出せなかったからだ。若旦那はいつもの愛想の良いスマイルを見せてこれは脈ありといった感じに嬉しそうだ。
「じゃあ、後でね。それにしてもすごいな、君の家来くん。すごく目立ってるね。俺もああいう仮装したかったな。彼、普段もイケメンだけど、今日はオーラがすごい。後ろに女の子が列をなしてるよ」
みれば確かに後ろに写真を撮るためなのか女性がぞろぞろと尾ひれの様にくっついてきている。
(本当に、すごい……、オーラかも)
この世のものとは思えない恰好をした美男子が、見慣れぬ青い瞳で柚希の方を『早くこっちに来い』とばかりに睨みつけてくる。
柚希が固まっている間に、若旦那はそのまま意気揚々と鼻歌交じりに自分の持ち場へ戻って行ってしまった。
(ああ、しまった。若旦那の誤解を解きたかったけど、今追いかけている場合じゃないし。まあいいか。どうせ打ち上げでみんなと喋っていればわかるだろうし)
柚希は引き寄せられるように受付の長机に戻ってお菓子の籠を置くと、その男に向かい合う。
「持ち場を離れてお喋りはいけませんよ。王子様」
柚希を窘めるように青い目がきらり、と光る。その眼差しにはあからさまな妬心も透かしみえて柚希はお腹の辺りがぞくっとしてしまう。
「は、離れてないし」
しかしあまりにも目の前の男の麗しさに思わずこぶしを握って口元にやり、目をまん丸に見開くほど興奮を隠せなくなってしまった。
(うわああ。和哉、似合い過ぎる。狼騎士様そのもの!!)
近くで見ると、柚希同様若干メイクも施されているから余計に別人のようにも見えるが、柚希を『我が君』などと呼んだのは柚希が扮するキャラクター『黒猫王子』に使える『狼騎士』に扮した弟の和哉だった。
肩を越した長さの暗い銀髪に、同じ色のぴんっと立ち上がった大きな耳。
青い瞳に黒いマントその内側も青だ。銀色の西洋風甲冑の姿だが、それは絶妙にお洒落にアレンジされていて、肩あてと胸あてまでは甲冑姿で、下に着ているチュニック状の青い上着には狼の文様。ズボンは黒でそこにはベルトで剣が刺さっている。黒猫王子と同じくふっさりとした尻尾はあるが、こちらはマントが長いため下にぶら下がっている状態だ。
「ご機嫌はいかがですか?」
「げ、元気だよ」
そんな風に言って柚希の手を握ると、気障な様子で白い手の甲にさらりと口づけを落とす。ふわっと甘い感触に柚希の顔は本物の方の耳まで赤くなった。
(ひゃあああ、カズ、公衆の面前で何してくれるんだ!)
手を握ったまま端整な顔が上目遣いに「にこっ」なんてキラースマイルすぎる。
柚希以外にも和哉に撃ち落された人々から、周りで黄色い歓声が上がる。二人にスマホが一斉に向けられたから柚希はますます顔を赤くしてしまった。
流石の再現度というか、そもそも彫が深く鼻筋が通って見目麗しい和哉がこんな格好をすると、本物の騎士様みたいに見えてきて柚希は猫耳をぴくぴくいわせる勢いで心の中で大興奮していた。
「王子。私もお手伝いましょう」
そう呟くと和哉こと狼騎士はお菓子の籠を手にして、並んでいた5人ほどの子供たちに景品のお菓子を手渡していく。
「狼騎士様~!」
騎士様は男の子にも大人気だ。出店で売っている小さな玩具の剣を振りかざしてアピールする子には、自分も剣をぬいてにこにこと挨拶してあげている。母親たちも騎士と我が子の姿を写真にとりながらどちらにも夢中で、喜色満面といった様子を見せる。
たまに柚希の方を向いて笑いかけてくれる様は蒼天に似合う爽やかで、思わず柚希も目を奪われてきゅんっととしてしまうほどの色男ぶりだ。
(俺の番、恰好良すぎるだろ!!)
柚希はさっきまでは番のいない元の自分に戻ったみたい、なんて思っていたくせに、和哉を目にした途端、付き合いたての恋人同士ぐらいにきゅんきゅんどきどきとしてしまう自分の現金さに呆れてしまう。
(俺こんな恋愛脳じゃなかったはずなのにな。なんだろう。やっぱり番って特別なのかな。見るたびときめきってやつが半端ない。いやでも、俺元々和哉の事大好きだったしなあ。それにしてもなにこのイケメン。俺が育てたって言ってもいい?)
実は今初めて、柚希は和哉の仮装を姿を見ることができた。
柚希の扮装の方が時間がかからないとのことで、和哉の着替えを待たずに先に身支度を整えて交換所で仕事をしていたのだ。先に仕上がった柚希の姿を和哉は散々スマホで撮ったくせに、柚希はまだ和哉の写真がとれていない。
(ああ、写真撮りたい、カズ青いカラコンつけてる! 似合う! がっしりしてて背が高くて頭小さいからコスプレしててもカッコいい。本物の騎士様みたい。凄いクォリティー。流石美容師さんが二人がかりでセッティングしてるだけあう。ウィッグが浮いてない。長髪滅茶滅茶似合う!! しかも銀髪!! なにこれ、ゲームの二次元キャラ? アコさんのイラストから本当に飛び出してきたみたい!)
「ちょっと、王子様。見過ぎだよ」
あまりにじいっと柚希が見つめてくることに、照れながら微笑む姿もまた格別だ。
「俺も写真撮りたいんだけど、後で絶対前、後ろ、アップ、剣構えたポーズ全部取らせて」
「わかったよ。後で、二人っきりで撮ろうね?」
ちょんっと柚希の頬を指で小突いてから、和哉が耳元で囁いてくる。その仕草にまたきゃあきゃあ歓声が上がった。
自分の仮装はあまりにも恥ずかしかったが、和哉が着ているとなると話は別だ。柚希の中のブラコンがさく裂して周りそっちのけでスマホ片手に大騒ぎしそうになったが、今は柚希も黒猫王子。いくら和哉が10年来の推しであるとはいえ周りを押しのけそんなことはできない。
和哉が青い瞳で酒屋の旦那をぎろりと睨みつけていたことなど、頭から完全に抜け落ちてしまった。
「ところで狼騎士殿。これからどちらへ?」
とりあえず仕切りなおして、柚希も和哉の謎のキャラづくりに乗ることにしてみた。
「コンテストの袖に立ち、商店街の人々を見守るという大事なお役目がございます。王子も後で私と一緒に向かうのですよ」
柚希がいつも通り腕に着けていたチープなプラスチックの時計をみると、あと30分程度で昨日の仮装行列の表彰式が始まるところだった。
「あ、はい。そうか。時間になったら我を連れてそちらに向かうが良い」
自分でもキャラづくりがよくわからず、柚希が思わずくすくす笑うと、和哉もすぐに目元を緩ませて男前な顔で微笑んできた。
話し口調が芝居がかって謎キャラクターが降臨している和哉の後ろには、色とりどりのドレスに身を包んだプリンセス軍団が大挙として並んでいる。
昨日の仮装行列に出ていたメンバーで、今日も仮装をしているということはきっと連絡の行った入賞者ということだろう。
「王子様~ 騎士様~ 目線目線!」
そんな風に女子高生と思わしきプリンセスたちが、きゃあきゃあ騒ぎながら二人の写真を撮ろうとスマホを振りかざしてくる。
子ども部門の他にある一般部門の仮装には中高生も仲間と連れだって、思い出作りのように仮装に参加してくるのだ。
この商店街は近隣の高校生の通学路のようなものなのでアルバイトをしているこも多いから顔見知りもいる。
「カズさん。ねえってば。あっちのフォトコーナー言ってみんなで写真撮りましょう?」
わざわざ和哉をカズ呼びし、馴れ馴れしい感じで和哉ならぬ狼王子の腕に腕を絡めてきたのもそんな顔見知りの一人だ。
(この子、パン屋のアルバイトしてる子だ)
柚希もそのパン屋にお昼を飼いに行ったりもするが、その子も柚希の店にドーナツを良く買いに来てくれる。
柚希の同僚の三枝姉さんが『ほら、和哉目当ての子、また来てるよ』とか言っていたことがある。和哉が撮影に来る日を聞いてきたことがあったのだそうだ
ばっちりメイクをしたJKは「仕上がった」感じの美しさを持っていて、大学生の和哉と並んでいてもそん色ない大人っぽい雰囲気だった。
ドーナツ店のSNSに和哉が良く登場してくれる。これまで柚希との接点を多く持ちたいから顔出しの活動まで引き受けて、お店に貢献してくれていたわけだ。だが和哉目当てにお店に来る女の子がいるという話は良く聞いたし、柚希も複雑な思いは抱いてはいたが当時の柚希には晶という彼氏もいたこともあり、弟である和哉の恋路にとやかく言える立場ではなかった。
しかし番となった今は話は別だった。
美女と野獣のベル風の黄色いドレスを着て、むぎゅっと腕を胸に押し当てているのが見えて柚希は内心気が気ではない。
「早く~、こっちきてくださいよお」
負けじと今度はシンデレラの恰好をしている子まで逆の腕に絡みついてきて、ベルの恰好をした子に牽制を繰り広げている。
「表彰式はじまる前に一緒に写真お願いします!」
女の子二人に囲まれた狼騎士は困ったように微笑みを浮かべて、柚希に「ごめんね」といった感じの目配せを送りつつ、フォトコーナーに女の子たちを引きつれて行ってしまった。
(そっか、俺、和哉と交際ゼロ日で番になっちゃったからな。今までは兄貴面して和哉がモテるのも、カズくん恰好いいから好きになっても仕方ないよね具来の気持ちで思ってたけど……。番目線になったらこんなにもやもやするんだ)
柚希は自分の中に人生で初めて強く感じた『独占欲』を見つけ、それに翻弄されそうになった。口元はお菓子を配るために笑みを浮かべても、目元では笑えていない柚希だ。
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