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わたしは部屋を見回す。部屋の中には二つのダンボール箱しか無い。昨日までは服だったり、化粧品だったりといった純香さんの物が、居候らしく慎ましやかながらもあったはずなのに、今は片付けられて、ダンボール箱二つだけ。
「……やっぱり、出ていくの?」
「明日には出ていくわ。香梨――妹にも言ったし、いつまでも居候ってわけにも行かないでしょ」
わたしは唇を噛む。人それぞれ事情があって、誰かに強制されるでもなく純香さんが自身で出ていくことを選択したのだから、それはわたしのワガママでどうこうすべきことじゃない。それは分かってる。でも。
「それに、私がここにいたら、みんな不幸になっちゃうでしょ」
純香さんは笑いながら言おうとしたけど、その言葉からはあからさまに隠しきれていない寂しさがにじみ出ていた。
「そんなこと……」
否定しようとしてわたしは口を噤んだ。安易に否定したところで、その言葉が事実なのは純香さん自身が理解しているだろうから。
純香さんが突然うちに転がり込んできて約一年。わたしの家。特にお母さんは荒んだように思える。居候なのに自由奔放。お母さんが怒っても、さらりと躱すだけの純香さん。
のんびり屋のお父さんは相談しても「まあ良いんじゃない。少しくらい」と、日和見な答えしか返ってこない。それなのに娘のわたしは純香さんに懐いている。
そりゃあ、お母さんが怒るのは当然だし、それを家族にとって異物である純香さんのせいにしても仕方がない。
純香さんが出ていくのが、わたしたち家族が元通りになる最良で最短な方法。子供のわたしにだってそれくらいは理解できる。でも、納得はできない。
何も出来ない自分の歯痒さに俯きながらフローリングの床を見つめていると、しゃがみこんでいた純香さんがすっと立ち上がった。
「少し、出かけよっか」
「そうだね」
純香さんの静かな提案に、わたしは理由も聞かずに従う。
どこでもいい。ここではないどこかへ行きたい。このダンボール箱二つしかない空っぽの部屋を見ていると、純香さんが明日には居なくなる事実を突きつけられて悲しくなってしまうから。
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