明日、わたしの好きな人がいなくなります。

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「んー……っ。やっぱり外の空気は良いねえ。あんな狭い部屋で閉じこもってるとさ、窮屈で仕方がないよ」  純香さんが気持ちよさそうに伸びをしたので、わたしも倣って伸びをする。夜の冷えた空気は心地が良くて、一瞬だけ嫌な気持ちをどこかに連れ去ってくれる。  ポツポツと照らす街灯の下、わたしと純香さんは河原の遊歩道を歩いている。チラホラと心もとなく光るいくつかの小さな星。きいろく揺れる少し欠けた月。悪くない雰囲気。わたしの肌が、寒さではなく粟立つ。  この道は純香さんに連れられて、初めて夜に出歩いた場所。それまで夜危ないからとお母さんに言いつけられていたから夜に出歩いたことはなかった。そのせいで、夜は大人にしか出られない秘密の時間なのだとすら思っていた。  そんな箱入り娘のわたしを、純香さんは連れ出してくれた。知らない時間を、知っている時間に変えてくれた。  まあ、はじめこそ大人になる前に、大人の仲間入りをして、イケないことをしているようでドキドキしたけど、夜の暗さに目が慣れてしまえばなんてことはない。見慣れた、いつもの遊歩道だった。  大手を振って気分良さげに歩く純香さんの後ろを、トボトボと足取り重くついていく。歩幅が違うのに距離が開かないのは、純香さんが合わせてくれてるんだ。 「もう一年近く経ってるのに、初めてここを二人で散歩したのがついこないだみたい。いやあ、歳を取ると時が過ぎるのが早くて嫌になるね」 「……うん」 「そういえば、覚えてる? 初めて学校をずる休みした日。佳奈実ちゃんってばどこに行ってもキョロキョロしててさ。知り合いになんて見つかりっこないって言っても、怯えっぱなし。あのときの顔ったら……」 「……うん」 「あの時も佳奈実ちゃんはさ……」 「……」  嬉しそうに思い出話を語る純香さんに対して、わたしは曖昧な返事をする。純香さんとの日々を思い出化することを拒否するように、言葉が耳を通り過ぎていく。過去なんていらない。現在の純香さんと一緒に居たい。  明日にはお別れなのに、どうして純香さんはこんなにも楽しそうなのか理解できない。もしかすると、純香さんにとってわたしは些細な存在で、別れることなんてどうでもいいのかもしれない。  後ろ向きな自分の思考に、涙が滲み出てくる。  涙を純香さんに見られないように、袖で雑に拭いながら歩いていると、前を歩いていた純香さんが急に立ち止まったので。思わずわたしはぶつかりそうになった。
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