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え?
予測していなかった純香さんの言葉に、わたしは固まってしまう。脳が受け入れるのを拒んでいる。防御態勢の出来ていなかったわたしの心の脆くて柔らかい部分に、純香さんの言葉がズブリと突き刺さる。
どうして、そんなことを言うの?
「う、嘘だよね?」
縋るように弱々しく手を伸ばす。けれど、純香さんはわたしの手をペシリと軽い音を立てて払い除けた。
軽い衝撃だったのに、叩かれた手の甲は寒さもあって、じんじんと痛む。
「ホントウよ。ぼうっとしていれば、世界が自分にとって都合の良いように回ると思っているその能天気さとか、私しか見えていないみたいに、何も考えないでヘラヘラと後ろ追いかけて来るところとか、ずっと大嫌いだったの」
純香さんの声は本当に綺麗で、よく通る。聞き間違いや誤解といった逃げ道を塞ぐように私の心に突き刺さった。わたしの目からはさっきとは別の種類の涙が溢れてくる。
「でもね、そんなあなたにも良いところがあったわ。それはね、バカみたいに従順なところ。だから、からかっちゃった。どこまで言いなりになるんだろうって。もしかして、頭空っぽの人形なんじゃないかってね」
言い終わると、純香さんはケラケラと嘲り笑った。
わたしは手が真っ白になるくらいに拳を握りしめる。純香さんとの楽しい思い出に腐ったヘドロのようなものが塗られてグッチャグチャになる。全部まがい物だった。
怒りが突沸して、爆発する。
「わ、わたしだって純香さんなんか嫌いだったよ! お母さんに嫌われてて、一人ぼっちで寂しそうだったから同情して遊んであげたら勘違いしてさ、馬っ鹿みたい!」
出来る限りの侮蔑の言葉を選んで、わたしは純香さんに投げつける。
こんなはずじゃなかった。最後の夜に相応しい、二人だけの別れ方があったはずなのに。わたしの怒りは収まってくれない。
「純香さんなんて、どこにでも行けばいいんだ! もう二度と顔も見たくない!」
わたしが怒りをぶち撒けると、何故か純香さんは急にそれまでの厭らしい笑みを止めて、すっと安らかで、どこか寂しげな顔をした。
どうしてそんな顔をするの? 分からない! 分からないよ!
血が昇りきって沸騰したわたしの頭ではもう何も判断できず、この標的を失った怒りの矛先をどこに向ければ良いかすら分からない。
「もう知らない! さよなら!」
煩わしい全てから逃げるように、わたしは手足を無茶苦茶に振り回して走りだした。がむしゃらに。純香さんを置き去りにして。
家に帰ったわたしは、ベッドに着替えもせずに潜り込んだ。なんにも見ないで済むように、声が外に漏れて誰かに聞かれないように、布団に頭まで包まって、嗚咽を漏らしながら泣き続けた。
安心安全な聖域のはずなのに、今は全く心休まらない。涙は止まってくれない。
純香さんを責める気持ちや、疑問や、それでも純香さんを嫌いになれない心が、わたしの中でぐるぐるぐるぐると渦巻いてぐちゃぐちゃになりそう。どれだけ考えても答えは出ない。どれだけかき混ぜても、キレイに混ざってくれない。
そうしているうちに疲れ果てたのか、わたしの意識はいつしかシャットダウンしていた。
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