明日、わたしの好きな人がいなくなります。

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 朝目覚めると、純香さんの部屋はキレイサッパリもぬけの殻になっていた。たった二つのダンボール箱に収まってしまった純香さんの荷物も何もない。まるで、元からこの部屋には誰も居なかったみたいに。昨日まで確かにこの部屋で住んでいた純香さんの痕跡が、まるで無くなったのは寂しい。  ふと、部屋の隅に一枚の紙が落ちているのに気がついた。キレイに片付けられた部屋に紙切れ一枚。ちゃんとしているようで、どこか抜けているのが大雑把な純香さんらしくて、わたしはくすりと笑いながらその紙を拾い上げる。 『佳奈実ちゃんへ』  丸めて捨てようとして、わたしの名前が書かれているのが目に入って手を止めた。 『昨日は酷いことを言ってごめんなさい。佳奈実ちゃんには私みたいになってほしくなくて、きつく当たったの。本当は大好きだよ。こんな私と一緒に居てくれて、本当に嬉しかった。  でも、私を目標にしたり、私に憧れたりするのは止めなさい。私はただ学業だったり、家族を作ることだったり、色々なしがらみや嫌なことから逃げてきただけ。自ら何かを作ろうとしてこなかった成れの果てだから。  そんな生き方は佳奈実ちゃんには似合わないし、きっと辛くて耐えられないから、嫌なことでも立ち向かわなきゃダメ。その方法はわたしと違って嫌なことから逃げてこなかった香梨、お母さんが知ってるから。  だから、頑張って生きてください。  最後まで佳奈実ちゃんに嫌われたままでいたくなくて、こんな手紙を書いた狡い私を許してください。そして、私のことは夢を見ていたんだ程度で忘れてください』  読み終わったわたしは急いで自分の部屋へと向かった。心臓がバクバクと鳴り、動けとわたしの背中を押して急かす。パジャマを脱いで学校の制服に着替える。  忘れろって言われて、すぐに忘れられるはずがない。純香さんと学校をサボって服を買いに行ったことも、夜に居酒屋に行ったことも、わたしの記憶に残ってる。純香さんとの思い出は、確かにわたしの中に刻まれている。  頬を流れる涙を拭いながら、寝起きでボサボサの髪を整え、教科書をカバンに詰め込んだ。  時計を確認すると、九時を過ぎていた。もうとっくに授業は始まっている時間。それでも、わたしは必ず学校に行く。そう決めた。  今ここで決意を鈍らせると、明日のわたしはなにか言い訳をして動かないかもしれない。弱いわたしは逃げてしまうかもしれない。  そんなの、純香さんに怒られちゃう。
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