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カバンを掴んで玄関へと向かう。途中、リビングからお母さんに声をかけられた。
「急にどうしたの? こんな時間から学校に行くの?」
「うん。純香さんと約束したからね」
大げさに胸を張って言うと、何が何だか分からないといった様子のお母さんは何度も瞬きをして驚いた。その顔がおかしくて、わたしは吹き出しそうになるのを堪えながら玄関へと向かった。
「行ってきますっ」
大きな声で言うとお母さんはまだ事情を飲み込めていないのか「え、ええ。行って、らっしゃい」と間抜けな顔首を傾げながら見送ってくれた。玄関を閉めてから、ついに堪えきれなくなったわたしは笑ってしまった。
見上げると、雲の殆ど無い清々しい青空。眩しい太陽なんて久しぶりに見た気がして、わたしは目が眩んでしまう。目元を擦るとヒリヒリとして痛かった。
始業時間を過ぎているのに制服で道を歩くわたしを、通行く人は訝しげに見る。いや、わたしが気にしているだけで、みんなはわたしになんて微塵も興味がないのかもしれない。
心臓は嫌に早く動いている。体もどこか重くて、頭も薄っすらと痛い。こんな時間から登校してきたわたしを、きっとクラスのみんなは変な目で見るだろう。想像するだけで喉がきゅっと締められたように苦しくなり、気が滅入ってしまう。
やっぱり帰ろう。お母さんも許してくれるよ。弱いわたしが甘い言葉を囁く。出来ることなら、その誘いに乗って帰ってしまいたい。安心安全な聖域のベッドで、布団に包まって安らいでいたい。
弱気になった心を奮い立たせるために、わたしは思い切り道路を踏みつけた。甘い誘いを振り払うように、わたしは大きく腕を振って駆け出した。
もう逃げないって決めたから。ここで逃げ出したら純香さんに顔向けできない。純香さんと出会ったことも、純香さんが出ていったことも、純香さんとの全てが無駄になる気がする。
忘れるなんて出来ない。憧れるなって言われたって無理。今だって、きっとこれからも純香さんに会いたい気持ちでいっぱいだから。
だからいつか、ちゃんと逃げずに生きたわたしの姿を見てくれますか? 逢いに来てくれますか?
ね、純香さん。
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