第1章 プロローグ

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第1章 プロローグ

 彼女の人生は幸せなモノであったのだろうか?  彼女は泣いた顔を見せない。悲しい映画を観たときも、辛い出来事があった時も。両親が死んだ時も、子供が流れた時(・・・・・・・)も…  彼女はいつも笑っていた。いや、彼女は笑わないといけなかったのだ。彼女は泣き顔を見せてはいけなかったのだ。彼女は常に前を向いていないといけなかったのだ。大切な人の笑顔を守る為に…  俺は泣き虫だ。子供の頃から何か嫌な事があれば泣きわめいて、親を困らしていた。成長するにつれて、嫌な事がある度に泣く癖は流石に無くなったが、大人になっても「プリ◯ュア」で泣けるくらい泣き虫だ。  そんな泣き虫な俺は、彼女の強さに惹かれた。彼女の決して泣き顔を見せない強さ。周りを元気にさせる、太陽のような笑顔に。俺だけではない。彼女に関わる皆が皆、彼女に少なからず惹かれてしまう。  しかし、子供の頃から彼女の笑顔を見続けていた俺は、彼女の笑顔が「本当の笑顔」なのか?と疑問に思うようになった。本当は泣きたい時でも、笑顔を作って涙をこらえているのではないか?悲しみに…自分の気持ちに蓋をしているのではないか?…大切な人を悲しませないように…  天真爛漫に見え、他人を第一に考えて行動する彼女は、自分の悲しみを他人に見せた事があるのだろうか?辛い事、嫌な事、悲しい事、全て自分の中に閉じ込めていたのではないだろうか?  俺は、いつしか彼女の笑顔の裏に何かを感じてしまうようになった。彼女には、自分の辛い気持ち、泣きたい気持ちを吐き出せる場所が無かったのだ。  俺はそんな彼女の辛い気持ちや、泣きたい気持ちを吐き出せる場所になりたかったのだ。彼女の楽しい事、嬉しい事、悲しみや苦しみを共有できる存在、心のより所になりたかった。   「思う力は言葉となり、言葉は行動となる。しかし結果になるとは限らない。」今になって思い出される恩師の言葉。  俺は自分なりに行動はしたつもりだ。しかし、彼女は決して悲しみや苦しみを俺に見せる事はなかった。  彼女が俺に見せる顔はいつも笑顔。泣き顔は見せないし、泣き言も言わない。彼女は俺の心の寄り所であったが、俺は彼女の心の寄り所にはなれなかったのだ。  そして、彼女は24年という短い生涯に幕を閉じた…  死因は交通事故であった。信号待ちしていた彼女に、車が突っ込んできたのである。誰にも迷惑をかけず、自分よりも他人の事を第一に考え、その笑顔で周りを救ってきた彼女の最後が、こんな結末だなんて…。俺は無神論者であるが、初めて神という存在を恨んだ。  霊安室で彼女の亡骸を見た俺は、一瞬思考が停止する。涙も出ない。思考が開始しても、「あの時にアレをしてあげれば良かった…、あの時にこうしておけば良かった」等の、今更しても仕方がない後悔をするばかりである。  次第に、思考の沼にはまった俺は、「彼女は俺と出会わなければ、事故に遭う運命にならなかったのでは?俺さえ生まれなければ、彼女は…」と自分の存在自体を恨んでいくようになった。  しかし、ふと冷静になり、そんな思考は意味が無い事に気付く。そして、クリアになった脳は「彼女の死」を本当の意味で理解をし始め、絶望と悲しみの波が俺の心に押し寄せてきた。その時初めて涙が瞼からこぼれ落ちそうになる。  もう彼女の泣き顔どころか、あの太陽のような笑顔を見る事が出来なくなった。  泣き虫である俺が涙をすぐに流せなかったのは、ただその事実をちゃんと理解出来ていなかったからだ。  バタン!! 「お姉ちゃん!!!!」  霊安室の扉を開ける音と共に、高くて大きな女の子の声が鳴り響く。その声が、俺の頬を伝おうとする涙を引っ込める。 「うわぁぁぁん!!お姉ちゃぁぁん!!」  扉を開けると共に女の子は大きな声で泣きじゃくりながら、彼女の亡骸に抱きつく。耳を赤く、人目を憚らず泣きじゃくる女の子は、彼女の妹だ。俺にとっては義妹であり、彼女にとって唯一の肉親である。彼女の一番大切な人だ… 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!」  まだ14歳の女の子にとって、唯一の肉親が亡くなる悲しみは、俺の悲しみとは比になるものでは無いだろう。彼女を差し置いて泣く権利を俺は持ち合わせてはいない。 「うわぁぁぁぁぁぁぁぁん!!」    鳴り響く泣き声は、俺の心の深い所を響かせる。凄く痛い…それは、彼女の心の痛みが伝わるかのように…  俺は一つの決意を固める。  彼女の心の寄り所にはなれなかったが、彼女が守ろうとした大切な人を、今度は俺が彼女の代わりに守っていこうと。彼女が一番大切にしたかった笑顔を……  俺はこの日から泣くのを辞めた。いや、自然と涙が出なくなっていた。俺は彼女が泣かない理由を、本当の意味で理解(・・・・・・・・)するようになる。  
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