俺と咲太兄ちゃんの視点。

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俺と咲太兄ちゃんの視点。

 時間は夜の10時半となり、テーブルの上に置いてある料理もほとんど無くなっていた。安室(あむろ)さんが居ることにより、(さくら)が不機嫌になっていた為、当初は何か問題でも起きないか心配していたが、その心配もどうやら杞憂に終わりそうだ。  まぁ、桜は終始いつもよりかは、何処となく暗い感じではあったけど。 「そろそろお開きにするか」 「えぇ~!」  咲太(さくた)兄ちゃんが時計を確認して、宴のお開きを提案する。明日は土曜日であり、大人達だけでなら、もう少し酒盛りをしていてもおかしくは無い時間なのだろう。新藤(しんどう)さんは少し不満そうだ。  しかし、俺と桜がいる為、咲太兄ちゃんは少し早めにお開きを提案してくれたのだと思う。明日はバスケの試合がある為、この時間にお開きにしてくれるのは、俺にとってはありがたい。 「じゃあ、片付けしますね」  そう言って、安室さんが食事の片付けをしようとするが、咲太兄ちゃんが「いいよ、やっておくから」と言って、優しく声色で安室さんの片付けを止める。 「でも、結構散らかったので、申し訳ないです」 「何言ってるの?あんなに沢山美味しい料理を作ってくれて、片付けまでさせたら、こっちが申し訳ないよ」 「……じゃあ、お言葉に甘えますね」  安室さんはニコッと笑って、咲太兄ちゃんの言うとおりに片付けを辞めた。そのやり取りは、付き合いたてのカップルのような、何処か初々しい雰囲気を醸し出してる。  当然、そんなやり取りを快く思っていない桜から、禍々しいオーラが涌き出ていた。しかし、表情は笑顔を保っており、それがより一層怖さを助長させている。  片付けは桜井(さくらい)家の二人に任せ、その他の皆は帰る支度を始めた。 「俺は公平(こうへい)を送っていくから、新藤は安室さんを家の近くまで送っていってくれ」 「うぃ~ッス」 「……健太兄ちゃん。別に送ってくれなくても大丈夫だよ?すぐ近くだし……」  健太(けんた)兄ちゃんが俺を家まで送ってくれると言ってくれたが、俺はそれを断った。  桜の家から俺の家までは、歩いて数分の距離だ。しかし、駅の方からは反対方向の位置にあり、健太兄ちゃんが帰るには遠回りになる。申し訳ないし、この歳で家まで送られるのも、なんだか恥ずかしい。  俺も中学三年生だ。身長も、咲太兄ちゃんとそう変わらないし、誰かに襲われる事も無いと思うのだけど…。  しかし、健太兄ちゃんは、それでも俺を送ってくれようとする。 「駄目だ。背丈は大人と変わらないかもしれないが、お前はまだ子供なんだ。夜遅くまで付き合わせて、もし何かあったら親御さんに申し訳がたたない。何も無くても、一人でお前を帰したら、お前の親御さんに、俺達が常識の無い奴らだと思われるだろ?お前を家まで送っていくのは、俺達の為でもあるんだよ」 「ふ~ん」  健太兄ちゃんの為になるなら仕方が無いな。子供扱いは若干気にくわない所ではあるが、まぁ子供である事に間違いはないし。 「わかったよ。じゃあ、しっかりと俺の護衛をヨロシクね」 「調子に乗んな」  そう言って、兄ちゃんは少し笑みを浮かべながら、コツンと俺の額を拳で軽く小突いた。  俺達は帰り支度を済ませ、玄関まで見送ってくれた桜井義兄妹(さくらいきょうだい)に挨拶をし、桜のマンションを後にする。  俺達は途中まで一緒に歩いていたが、俺の家と、安室さんの家への方向が別れる十字路に着き、俺と健太兄ちゃん、安室さんと新藤さんのペアに別れた。 「田原(たはら)さん、公平(こうへい)さん。それでは失礼します。今日は楽しかったです」 「公平君!じゃあね!センパイ!また会社で!」  安室さんと新藤さんが別れの挨拶を済ませ、俺の家とは逆方向の道へと歩いていく。俺と健太兄ちゃんも、それをしばらく見送って、俺の家の方向へと歩き始めた。  今日の食事会が楽しかったのであろう。俺の隣を歩いている健太兄ちゃんの表情は、とても穏やかに見える。  しかし、俺は今日の食事会については、少し複雑な気持ちを持っている。楽しくなかった訳では無い。むしろ、楽しかった。しかし、桜の心境を考えると、純粋には楽しめなかったのである。  そんな事を考えて、物思いにふけっていると、健太兄ちゃんがそんな俺に気づいたのか、「どうした?何かあったのか?」と尋ねてきた。 「いや、別に何かあった訳では無いんだけと……」  あくまで俺の視点(・・・・)で、安室さんが居たことにより、桜が不機嫌なった様に見えた(・・・)という話だ。  桜の目に輝きが失われていたなど、俺の先入観からくる思い込みかもしれない。当の本人は終始笑顔では(・・)あった。  そんな話を健太兄ちゃんにするのは、少し(はばか)られる。 「どうした?遠慮せずに言ってくれていいんだぞ?」  健太兄ちゃんは、そんな俺の気持ちを察してか、優しく促してくる。  確かに健太兄ちゃんは、桜の家庭の事情(・・・・・・・) を含めて、桜の事を話せる数少ない人物だ。健太兄ちゃんがそう言ってくれるなら、俺の主観だと前置きした上で、相談してみるのもいいのかもしれない。  俺は、「桜がそう言ってたのでは無く、あくまで俺の主観の話なんだけど……」と前置きした後に、桜は恐らく安室さんの事をよく思っていないと言う事を説明した。  それは、何故なのかは明確には分からない。安室さんが咲太兄ちゃんに、好意を寄せているように見えたのか、もしくは、咲太兄ちゃんが安室さんに、好意寄せているように見えたのか……。  そもそも、咲太兄ちゃんに近づく女性は気に入らないだけなのかもしれな。しかし、咲太兄ちゃんを取られたくないという、嫉妬心である事には間違いないだろう。  その事を、健太兄ちゃんに説明し終えると、健太兄ちゃんは感心したような表情で、「ふ~ん」と言いながら俺をしばらく見つめていた。 「何?」 「いや、咲太よりしっかりと、桜ちゃんの事を見ているなぁと思ってな」  俺が?咲太兄ちゃんより?確かに、他の人ではあまり分からない、桜の細かい機敏については、自分でもよく見ているつもりだ。  しかし、それは咲太兄ちゃんだって同じだ。桜の事に関して、咲太兄ちゃんには勝てる自信が無い。そんな咲太兄ちゃんより、俺の方が桜の事をしっかり見れている? 「そんな事は無いと思うけど」  俺は健太兄ちゃんの言葉を否定した。しかし、健太兄ちゃんは、その否定を否定する。 「そんな事あるよ。体育祭の時も、桜ちゃんは安室さんに会っていたんだ。公平の言ってる事に気づけていたら、安室さんを家に呼んだりしないだろ?」 「それはそうかもしれないけど……」 「咲太も、公平に負けてないくらい、桜ちゃんの事を大事に想っているよ。でも、見ている立場と言うか、視点が違うんだよ」 「視点?」 「あぁ、咲太と俺は、桜ちゃんの姉さんを意識しながらと言うか、桜ちゃんの姉さんの存在を介して(・・・・・・)、桜ちゃんを見ている……」  そう言う健太兄ちゃんの顔は、少し哀愁を漂わせている。二人にとって、桜の姉さんの存在が大きいのは当然の話だ。咲太兄ちゃんだって、最愛の人の妹(・・・・・・)だから、桜の事をあんなに大事にしているのだろう。 「だけど、公平は桜ちゃんの事を見ている時に、桜ちゃんの姉さんの事は意識していない。その分、純粋に桜ちゃんの事を見れていて、俺達では分からないような事でも、公平は気づけているのさ。当然、咲太には気付けて、公平には気付けない桜ちゃんの事もあるとは思うぞ」  確かに、そう言われればそうかもしれない。それに、俺は桜が咲太兄ちゃんに、自覚は無いけど少なからず恋心を抱いていると思っている。本人は否定するだろうけど。  咲太兄ちゃんも、桜が自分に恋心を抱かれているとは、露程(つゆほど)にも思っていないだろう。そんな違いが、桜に対する見方を変えているのかもしれない。 「まぁ、心配しなくても、そんな大した事にはならないよ。桜ちゃんがあの家にいる間は、公平だって新しい女を作る気なんて無いだろう。それに、まだ嫁さんが死んで一年しか経っていないんだ。まだ、アイツの気持ちは嫁さん一筋だよ」 「まぁ、そうだよね」  咲太兄ちゃんの奥さんに対する愛は深い。だから、何も意識せずに安室さんを家に招けたのだろう。仮に、深い関係(・・・・)になるような女性がいたとしても、簡単には桜の前に連れてこないはすだ。  つまり、言い方は悪いが、咲太兄ちゃんにとって安室さんはその程度(・・・・)の人なのだ。  当の桜はそこまで考えを巡らす事は出来ないだろうけど、何も心配する事はない。  そうこう話をしているうちに、俺の家の前に到着した。 「じゃあね、健太兄ちゃん。送ってくれてありがとう」 「おう。明日試合なんだろ?頑張れよ。今年こそは全国へいけよ?」  うちのバスケ部OBの健太兄ちゃんは、咲太兄ちゃんと共に、あと一歩で全国大会という所まで勝ち進んだ事がある。うちの学校の全国大会出場は、ある意味、健太兄ちゃんにとっても悲願であるのだろう。 「任せておいてよ」  俺はそう言って、拳を健太兄ちゃんに向け、家の中へと入っていった。  今日は色々あったか、総じて楽しい1日ではあった。しかし、気疲れは半端なかったなぁ……。俺は風呂で1日の疲れを癒し、明日の試合に向けてしっかりと眠りについた。
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