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むじなとエンチコ
B村の狐の話を聞いたついでに、寺村にも似た話がないかと母に訊ねた時のことだ。
母曰く、寺村には狐の住処となる場所がなかったそうで、いるのはもっぱらむじな(狸)ばかりだったという。そう言えば、母の実家にもガラスケースに収められた狸の剥製があったなと思い出し、話を振ってみると、案の定、その狸も畑で悪さをしていたところを捕まえたのだと教えてくれた。
狐はおらずとも、狸に化かされたりはしないのかと訊いてみると、思い当たる節がないのか、母は一頻り考えてから「ないなあ」と首を横に振った。だが、次に母の口から出た言葉に、私は「だから、それが狸に化かされたっていう話なんじゃないの」と突っ込みを入れることになる。
母は四人兄弟の末っ子で、長姉とは10以上歳が離れている。その姉が高校生の頃、つまり、母がまだ小学生くらいの頃だろうか、とにかく、その姉がある日突然高熱を出し、訳のわからぬ譫言を繰り返すようになったのだそうだ。熱に浮かされて正体不明となった姉に医者も匙を投げ、祖父母は藁にもすがる思いでエンチコに相談を持ちかけた。
エンチコというのはこの地方の霊能者の俗称で、青森のイタコと語源を同じくする、巫女のような人たちを指す言葉である。得手不得手はあるものの、失せ物探し、お祓い、人探しと、それらしいことは何でも引き受けてくれるようなので、困った時の最後の砦というところだろう。
相談を受けたエンチコは、祖父母にこう告げたそうである。
「最近、むじなを捕まえて吊るしたことはないか。もし吊るしたならば、縄を解き、すぐに逃してやるように」
母の朧げな記憶によれば、姉が高熱を出す少し前、例によって畑で悪さをしていた狸があったので、見かけた祖父が石を投げたところ、何と頭部に命中し、狸は気絶してしまったそうだ。何のためかはわからないが、その狸を縛って軒先に吊るし、そのままにしていたことを思い出した祖父母は、エンチコに言われた通り、縄を外してやった。すると、姉の熱は下がり、譫語もぴたりと止んだと言うのだから驚きである。
吊るされていた狸の生死は判然としないが、きっと、もう死んでいて、祖父母が裏山に埋めたのだろうと語る母に、私は「狸にたたられたのに、また狸を剥製にしてガラスケースに飾るなんて強いね」と思わず口元を引き攣らせてしまった。
綿ででっぷりと腹を膨らまされ、頭には傘、片手に徳利を持ったひょうきんな狸の魂が成仏していることを願うばかりである。
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