はじめに

1/1
6人が本棚に入れています
本棚に追加
/6ページ

はじめに

 A県某所に田と山に囲まれた九戸ほどの集落がある。村の入り口にはささやかな川があり、古刹に付き物の赤い橋が架けられている。その橋を渡って100メートルほど進むと、小さな村には少々不似合いとも思われる立派な寺院が姿を表す。  正和元年(1923年)に建立されたと伝わるこの寺は、村唯一と言っても過言ではない民家以外の建造物であり、目印でもある。村の正式名称や住所に「寺」の字はないが、古くからこの辺りは寺村という名で通っており、郵便物すら「A県○町寺村」で届いてしまうほどだ。  これからお話しするのは、そんな寺村で実際に起きた少し不思議な伝聞たちである。始めに断っておきたいのだが、どの話にもオチや教訓めいたものはない。また、昔話というほど古い話はなく、せいぜいがここ50年以内に起きた出来事である。例えるならば、祖父母や親類が夕餉時や酒の席でぽつりと漏らす思い出話、噂話という雰囲気だろう。  以上を踏まえた上で、お付き合いいただけると、筆者としても非常に気が楽で書きやすい。前置きが長くなってしまい恐縮ではあるが、ここいらで話を始めてみたいと思う。
/6ページ

最初のコメントを投稿しよう!