Ignorance is bliss.

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智明の心臓は祐稀のそれより性質が悪く、右心房左心房が弱い上に血栓が出来やすい性質を持っていた。血栓が心臓の弁付近に集まれば、弁が塞がり心臓はその動きを止めてしまう。それを防ぐためには、血液の流れを緩やかにし血栓を作らせないための薬である抗血小板療薬を定期的に投与し続けなければならない。 それ故に智明は家にあまり帰ることが出来ず、小児病棟にて一日中ベッドの上で横になるだけの入院生活を余儀なくされた。幼稚園に行く歳になってもそれは続いている…… 智明は帰宅許可が出る度に「おうちに帰れる!」と嬉しそうな顔をする。短くて半日、長くても二日程度の帰宅でも「両親」が近くにいてくれることを心から嬉しく思い「帰宅許可」が出ることを毎日毎日楽しみにしているのであった。毎日の検査の際に担当医や看護師に「おうち、帰れる? パパとママと一緒にいたいの」と聞くぐらいである。 とある帰宅許可の日…… 智明はリビングにて夕食を取っていた。何度か帰宅許可が出され、自宅で食事を取る際に気になっていることがあり、祐稀に尋ねた。 「ねぇママ? どうして四人分もごはんつくるの?」 祐稀は智明と食事をする際にも崇明の席に陰膳を供えていた。智明はこうした一家団欒での食事は経験がない故にそれが不自然だと気がつくことはなかったが、入院中に読んだ一家団欒を描いた絵本を見て、誰もいない席に食事を置くのはおかしいと知り、祐稀に尋ねたのだ。 「あのね、智ちゃんにはね、お兄ちゃんがいるの」 「おにいちゃんって、なに?」 「えっとね…… 智ちゃんより先に生まれたお母さんの子供。ほら、智ちゃんと同じ子供だけど、体が大っきくて優しいお友達いるでしょ? それがお兄ちゃん」 「ふーん、病院にいるおにいちゃん、何日かしたらいなくなっちゃうよ。看護師さんからお花もらっていなくなったり、ぼくが寝て起きたらお花になってたこともあるよ。ぼくのおにいちゃんもお花もらっておうちから出てったの? それともお花になっちゃったの?」 どう説明したものか…… 泰明も祐稀も迷った。考えついた答えは、その場しのぎの姑息的なものだった。 「お兄ちゃんはね、智ちゃんのお胸の中にいるのよ」 「お胸?」 「そう、今はここにいないけど絶対いつか帰ってくる。だから、お胸の中にいるって思ってて」 祐稀は智明を抱きしめ、一条の涙を流した。泰明もどうすることも出来ない自分の無力さと、崇明のいない寂しさから一条の涙を流す。 「パパもママも泣かないで…… パパとママが泣いてるとぼくもなんか泣きたくなっちゃう」
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