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智明が四歳になっても抗血小板治療薬の投与は続いていた。医者が詳しい検査をしたところ、出来る血栓は年齢を重ねるごとに大きくなっており、五歳を迎える前には抗血小板療薬の効果はなくなると半ば死の宣告をされてしまった。現在の智明はベッドで寝ているだけで息切れを起こすようになっており、血栓の欠片が鼻血として出るようになっていた。
次の帰宅許可は「自宅で最期を迎えさせる」ものになる予定であった。
祐稀は尽き果てぬ涙を流し、医者に懇願するが、もう薬ではどうしようもなく、外科的な血栓の除去を行っても再発は必至で意味がないと宣告されてしまった。
その時、看護師が血相を変えた顔をして診察室に駆け込んできた。
「こら、騒々しいぞ」と医者。
「す、すいません…… 先生、少しだけ宜しいでしょうか。急を要することですので」
医者は看護師に呼ばれ、診察室から席を外した。戻ってきたのは五分後であった。
「すいません。一秒でも惜しいような話でしたので」
「あの、何か」
「お二方にも、いえ、智明くんにも関係のあることでしたので。いいですか? 落ち着いて聞いて下さい。智明くん、助かるかも知れません」
「「え?」」
「時間がないので、手短に言いましょう。隣県に暮らす十二歳の男の子が…… 隣県の病院にて先程脳死判定を受けました。親御さんも脳死を受け入れています。そして、臓器提供も許可して下さいました」
「ま、まさか……」
「その十二歳の男の子の心臓を智昭くんに移植するのです」
この世にある驚きの言葉を全て並べても足りないぐらいに祐稀は驚いた。しかし、驚いている間もすらも惜しい。医者は決断を迫る。
「それでですね…… その十二歳の少年と智明くんの血液型も一致してまして、すぐにでも移植手術を開始出来る状態になっております。ただ、智昭くんと同じように心臓の病に苦しむ方がいるわけでして……」
医者は倫理的に躊躇いがあるのか、遠回しな言い方をした。両親としては見ず知らずの少年の心臓を移植されて自分の子を生かすことに抵抗はないかと言うことを尋ねているのである。自分の子の命を救うために、よその子の心臓を求める親は多い。つまり、早い者勝ちということである。倫理的に躊躇いを持ち迷い時が流れれば、その心臓は別の子の命を助けるためのものになってしまう。
倫理的な迷いがないと言えば嘘になる。祐稀はその少年と家族に心からの感謝をし、決断に至った。
「その子の…… 心臓を…… 智明に移植して下さい!」
医者は看護師に一言。
「心臓の摘出後、ここに移送するように連絡をお願いします。移植準備も整えておきます」
「は…… はい」
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